18話~フミ登場~
地元の梅雨は長引いていた。
連日のように小ぬか雨が降りしきり、夏の気配というものはまるで感じられない。
ニュースでは全国各地の梅雨明け発表がトピックスとされていたが……この地域だけがまるで世界から取り残されるかのように、いつまでもジメジメとした雨季の中に閉じ込められていた。
★
そんな中、笹団高校では臨時の全校朝会が行われていた。
蒸し暑い体育館の中に急遽として呼び出された生徒諸君、そこには当然のようにしらけきったムードが漂っていた。
されど空気を読むこともなく、教頭はステージ袖でマイクに向かってのんびりとした口調で喋り出した。
「えぇ~、それではこれより臨時の全校朝会を始めますぅ。というのもですねぇ、つい先日、本校の『パソコン研究部』の生徒が大変すばらしい功績を収めましたのでぇ、その表彰式を行わせて頂きたく……」
──体育館のちょうど真ん中辺りに整列していたハルは、隣に立っていたカナタに耳打ちをした。
「おいおい……わざわざ表彰式なんかやるために俺たちは集められたってのか?」
「そうみたいじゃのう。しかも『パソコン研究部』だなんて……そんな部活、ウチの高校にあったかのう?」
「さあな……俺も初めて聞いたぜ。とにかくこんな全校集会、さっさと終わらせてほしいもんだな。他人の表彰なんて全く興味ないしよ」
そう言ってハルは気だるそうに首を回すと、そのまま大きな口を開けてあくびをした──
教頭がマイクに向かって話を続ける。
「それでは表彰式を行いますぅ。先日開催された……ええと、全国『でいていえむ』作曲コンテストの、い、いんすと……なんと読むんだ……う~ん……い、『いんすとるめんたる』部門にて……見事、最優秀賞を獲得しましたパソコン研究部の……」
──その言葉に思わず驚愕するカナタ。
「な……なんじゃと!?」
すかさず反応するハル。
「ん、どうした?」
「おい!今の聞いたか!?」
「ああ……『でいていえむ』がどうたらこうたらって……」
「アホ!教頭が訛っとるだけで『DTM』のことを言っとるんじゃ」
「DTM?……なんだそれ」
「デスクトップミュージックの略じゃ!」
「デスクトップミュージック?……なんだそれ」
「ぐ、ハル……お前、本当に何も知らんのう。まあ、簡単に言えば……パソコンを使って音楽制作をすることじゃ。その全国コンテストで最優秀賞だなんて……それはとんでもないことじゃぞ……!?」
カナタは興奮を隠しきれない様子でその鼻息を荒くした──
全校生徒が若干のどよめきに包まれる中、誇らしげな表情で教頭が声を張る。
「それではパソコン研究部!1年4組の……アマヤ フミト君!校長先生から賞状が授与されますので壇上に上がってください!」
「はい……」
そこで聞こえてきたのは蚊の鳴くように小さな声だった。
体育館の屋根を叩く雨音にもかき消されそうなほどの声量で、とてもこれから表彰される人間とは思えないほどに覇気がない返事である。
そして全校生徒の視線を集める中、ゆっくりとステージに登壇したのは……どこか物憂げでミステリアスな雰囲気を醸す小柄な少年だった。
色白の童顔、紺色がかった癖毛風マッシュヘア、その重めの前髪からは人に懐かない野良猫のような目がぼんやりと光っている。おまけにしっかりとした猫背の持ち主だ。
学ランの代わりにくたびれたナイロンアノラックを着用し、首にはヘッドホンを巻きつけ、手にはノートPCを持っている。さらにあろうことか……これから校長の前で表彰を受けるというのに口の中にはロリポップキャンディを頬張っていた。
いかにも変わり者のオーラを全開にしている彼こそが雨夜郁人。通称『フミ』である。
背中を小さく丸めたまま演台の前に立つフミ。
校長は賞状の文面を読み上げた後、その功績を賞賛するように個人的な言葉を付け加えた。
「……うむ、本当に素晴らしい功績だね。私は音楽のことはよく分かりゃせんが、我が校からまさか『日本一』が生まれるなんて、信じられない快挙だ。君は我が校の誇りだよ!本当におめでとう!」
「どうも……」
フミは賞状を受け取ると、やはり覇気のない返事でぺこりと頭を下げた。
全校生徒がとりあえずと拍手を送る中、そのまま教頭が司会を進行する。
「えぇ~、それではこれよりぃ……見事、コンテストにて最優秀賞に輝いた楽曲『水たまりに映る青とオレンジ』を特別に生披露して貰いますのでぇ……雨夜君、準備の方をお願いします」
「はい……」
注目の主役はあまり乗り気ではない様子を示しながらも、ステージ上に用意してあった電子キーボードの前へと移動した。
そして手に持っていたノートPCをキーボードの譜面台に取り付けたスタンドに置くと、それを操作して体育館にあるスピーカーとペアリングした。
しばらくすると……無線通信で繋がれたスピーカーから、打ち込みによる電子音のビートが大音量で流れ始めた。
早速、そのオケに合わせるようにフミが鍵盤の上に両手を乗せると……、
あっという間に其処は「デジタルロック」の世界へと早変わりした──
雨音が跳ねるようなダンサブルな4つ打ちのビート、可聴域をトリップさせる多彩なシンセサイザー、その中を華麗なタッチで美しいエレクトリックピアノが駆け抜けていく。
まるで映画のワンシーンを切り取ったかのようなレイヴサウンドが随所に散りばめられ、聴覚を経由してはリスナーを追憶の果てへとドライブさせる。
かと思えば、今度は曲の途中で変則的な転調が組み込まれた。
理解が追い付かないほどの先鋭的な表現を、情緒的なメロディーに絡めて落とし込む。
フミはロリポップキャンディを口の中に頬張りながらも、絶えず流れるような指使いでその音の魔法を奏で続けた……!
──やがて起承転結を結ぶように大胆なカットアウトで演奏を終えると、フミは鍵盤からゆっくりと手を下ろした。
すると、たちまち……、
「う、うおおおおお~!!!!」
体育館の中は割れんばかりの拍手喝采に包まれ、ピーピー!と指笛までもが盛大に鳴り響いた。
相変わらずフミはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべると、その最大限の賛辞に対してぺこりと小さく頭を下げた。
★
歓声が鳴り止まない体育館の片隅。
その状況をいかにも面白くなさそうに見つめる一人の少年がいた。
学ランが窮屈そうに伸びている小太りで、分厚いレンズの入った眼鏡をかけている。そしてグリースで整えた七三分けの髪がベタベタといやらしく光っていた。
少年は舌打ちを鳴らす。
「ふん……こんなチャラチャラした音楽のどこが良いんだよ。あの一年坊主め……いい気になりやがって……絶対にぶっ潰してやる」




