14話~サマドラ~
季節は梅雨に突入していた。
太陽はしばし身を潜め、どんよりとした乱層雲が我が物顔で空に蔓延っている。
そんな鬱々とした低気圧もお構いなしに、ハル達のバンド活動はより一層と熱を帯びていた。
この頃にはもう、彼らは本格的にライブハウス(ハル達の住む地域から電車とバスを使って片道約二時間掛かる)への進出を果たし、毎週のように対バンライブやイベントをこなす日々を送り始めていた。
又、バンドオリジナルの楽曲制作にも意欲的に取り組んでおり、そこで才能を見事に開花させたのはギタリストのレイであった。レイには残念ながらボーカルとしての才は見受けられなかったが、メロディーメイカーとしてのセンスは一際目立っており、そんな彼がバンド内における全ての作曲を任されていたのである(ちなみに作詞担当はボーカルのハル)。
彼らが織りなす王道のロックサウンド、激しくも親しみやすい音楽性、それに加えてメンバー各自の面構えの良さも相まって「13 SECONDS TIME BOMB」はすぐに地元での人気を着実に獲得していった。
★
そんなある日のことだ。
この日も活動拠点としている地元のライブハウス「シルバーダック」での終演後、ハル達はそれぞれ楽屋でくつろぎながら談笑をしていた。
するとライブハウスの店長がそこにやって来て「きみ達、ちょっといいかな?」とハル達を手招きで呼び出した。
──裏にあるヤニ臭い事務所まで案内されたハル達は、室内にあったボロボロのソファに並んで腰を掛けた。
店長はそこに向かい合うように座ると、ゆっくりとその口を開いた。
「きみ達さぁ……『サマドラ』って知ってるよね?」
いまいちピンと来ていない様子で首を傾げるハル。
その隣に座っていたロックオタクのカナタがすかさず説明を始める。
「『サマドラ』っちゅーのは日本最大級のロックフェスのことじゃ」
「ロックフェス……?」
「そうじゃ。日本の二大ロックフェス、その内の一つが『SUMMER DRAGON FESTIVAL』、通称・『サマドラ』。毎年8月に行われる夏恒例のビッグイベントじゃな」
カナタが簡易的な説明を終えると店長がそこに補足をした。
「いかにも、サマドラは毎年20万人超を動員する大人気の野外ロックフェスさ。そして国内のみならず、海外からも多くのモンスターバンドが来日することでも有名なんだ。まさにロックファンなら誰もが足を運びたい、そしてバンドマンなら誰もがそのステージに立ちたいと願う夢の舞台なんだよ」
「20万人……すげぇ……」
ハルは目を輝かせると同時にごくりと息を呑んだ。
すかさずソファから身を乗り出すと、話の要点を探るかのように口早に尋ねる。
「それで、店長……俺たちをここに呼び出したってのは、そのサマドラと何か関係があるんすか……?」
「うん、そのことなんだけど……実は今年、そのサマドラが『新しい企画』を行うというんだよ。それというのが……とにかくまあ、凄いんだけど……詳しくはコレを見てごらんよ」
そう言って店長は手に持っていたタブレットを操作すると、サマドラの公式サイトにある特設ページを開いて……その画面をハル達に見せつけた。
『SUMMER DRAGON FESTIVAL~高校生バンドオーディション開催のお知らせ~』
【参加資格】
・メンバー全員が高校生であること
【内容】
①予備選考~音源・映像審査~
応募者の中から運営委員による厳正なる選考を行います。
②最終選考~ライブ審査~
予備選考を通過したバンドで対バン形式によるライブ審査(※都内会場にて)を行います。
その中から投票形式により優勝バンド一組を決定致します。
【優勝特典】
メインステージ出場権(オープニングアクト枠)
ハル達がかじりつくようにタブレットを見つめる中、店長は抑えきれない興奮を滲ませながら話を要約した。
「つまるところ……全国の高校生バンドを対象とした『ロックフェス出場へのビッグチャンス』が訪れたんだよ!そして当然……!きみ達にも、その一世一代のスペシャルオーディションへの参加資格があるってことさ!」
「おお~!!!!」
ハル達は顔を見合わせると、それぞれに興奮の声を漏らした。
それから店長は人差し指を立てると「さらに大事な話はここからなんだけど……」と声を潜めた。
「実はね……先日、僕の方でもうすでに『13 SECONDS TIME BOMB』を予備選考のフォームへとエントリーしておいたんだ。長年ライブハウスをやってる僕の目から見ても、きみ達は間違いなく才能ある高校生バンドだと思ったからね。そしたら、なんと……」
突如、店長はバンザイをしながら声高に叫んだ。
「アメイジ~ング!ついさっき!きみ達が『予備選考を通過した』という結果通知が届いたんだ!次は早速……東京のライブハウスにて最終選考に挑んで貰うよ!!」
あまりに唐突なその流れに、ハル達は池の中にいる鯉のように口をパクパクとさせた。
そして、
「な……な……なにィィ~!!??」
日本列島、津々浦々に響き渡る勢いで叫び声を上げた。
★
ハルが自宅に到着したのは深夜近くであった。
メンバーと一緒にライブの打ち上げをしていたらすっかり遅くなったのである。
「ただいま~」とハルが玄関を開けて中に入ると、奥の居間にはまだ灯りが点いていた。
美雪からの返事はなかったが、代わりに出迎えたのは飼い猫のクロべぇだ。
クロべぇはどこか物憂げな鳴き声を出しながらハルの足元にすり寄った。
「ぬにゃい……」
「よう、クロべぇ。こんな時間まで起きてたのか?って、猫は夜行性か」
ハルは足元に絡みついてきた、その小さな毛むくじゃらをわしゃわしゃと撫でた。
それから居間の方へと向かうと……、
美雪がちゃぶ台の上で家計簿と一緒に「数枚の書類」を眺めていた。
何やら眉間にシワを寄せながら、深刻そうに頭を抱え込んでいる。
母親のここまで険しい表情というものを生まれて初めて見たハルは思わず膠着した。
(ま、まさか……今月の家計はそんなに苦しいってのか……?)
居間に入ってきたハルの気配に気付くと、
「……あ!おかえりなさい!」
美雪は慌てるようにして、その書類を家計簿に挟んでからサイドボードの奥へと隠した…………。
それから眉間のしわを綺麗に取り除くと、美雪はまるで何事もなかったかのように尋ねた。
「今日はやけに帰りが遅かったのね」
「ああ。ライブ後にみんなで打ち上げをしてたら遅くなったんだ」
「え……なに……?」
「だから、ライブ後に打ち上げを……」
「ちょっと、ちょっと……!今日、ライブがあったの?そんなの聞いてないわよ」
「そりゃそうだろうな。話してないから」
「はぁ~、もう……なによそれ……。ライブがあるなら『事前に教えなさい』って前から言ってるでしょう?私だって観に行きたいんだから!」
「い、いや……それはちょっと……」
ハルは露骨に嫌な表情を浮かべた。
というのもシンプルな理由で……母親の前でロックを絶唱している己の姿を見られるのが恥ずかしかったからである。
ハルはボーカリストに転向してからというもの、バンドのフロントマンとして毎週のようにライブをこなし、ステージに立ち続けてきた。場数を踏んで、免疫もつけば、人前で歌うことへの苦手意識は確かに薄れてきてはいた。
しかしである。
それはあくまで見知らぬ第三者、不特定多数のお客さんを前にしている時のみの話であった。
いざ母親を前にして歌うことを考えると……話は全くの別物だ。それは想像するだけで「羞恥心」という名のマグマが喉の奥からグツグツとこみ上げてくるのだ……。
さながら授業参観で親の視線を浴びながら、恥ずかしい自作のポエムを読み上げる時のような……そんなむず痒い感覚が押し寄せてくるのである……。
思わず鳥肌を立てるハル。
彼は必死で作り笑いを浮かべると、なんとかその場を切り抜けようとした。
「でもさ、ホラ……美雪も仕事があって忙しいだろ?俺のライブなんて見に来る時間は……」
「有給取るから平気よ」
「で、でも……ライブハウスはここから片道だけで二時間もかかるんだよ。わざわざ、そんな遠い場所まで……」
「車で行くから平気よ」
「ぐぬぬ……!あ、そうだ……俺、とりあえず風呂に入るわ。いや~、ライブでたくさん汗をかいたし、髪もワックスとスプレーでガチガチなんだ。早くシャワーを浴びないと……毛根に汚れが溜まって頭皮に大ダメージだぜ……は、ははは……では、さらば!!」
ハルは話を有耶無耶にすると、逃げるように風呂場へと直行した。
それをすかさずダッシュで追いかける美雪。
「あ、ちょっと!待ちなさい!まだ話の途中よ!逃げる気、ハル?」
「うわ!追いかけてくんな!今から俺は風呂に入るんだ!」
「その前にライブの話よ!今度はいつどこでやるの?教えなさい。お母さん、観に行くからね!」
「とりあえず、その話は後にしてくれ!」
「そうやって話を無かったことにするつもりでしょう?逃がさないわよ!」
「おいおい!脱衣所まで入ってくんなよ!今から脱ぐんだぞ!?」
「好きになさい!息子の全裸なんか見たってどうってことないわよ!」
「ふ……ふざけんなァァ!!」
深夜だというのに家の中でバタバタと騒がしい親子二人。
クロべぇは脱衣所の前でエジプト座りをしながら、そんな両者の様子を呆れるように眺めていた。
それから大きなあくびをした後、やはりどこか物憂げなトーンで鳴いた。
「ぬにゃお……」




