12話~日本酒ロック~
チャリーン……
「カラオケスナック むさし」の入り口のドアベルが鳴った。
バーカウンターの中にいた武蔵は、その来客の顔を見ると親し気な表情を浮かべた。
「あら、いらっしゃ~い」
頭に巻いたタオル、薄汚れた作業着、穴の開きかけた靴下にサンダル姿……そんな井出立ちでカウンターに腰を掛けたのは勘九郎であった。
その泥臭い中年男は席に着くや否や、週末だというのにガランとした店内を見渡すと呆れながら笑った。
「いんやぁ、相変わらず……この店には閑古鳥が鳴いてんだねぇ」
「コラ、余計なお世話よ。これでも一応、経営は成り立ってるんだから」
「マニアックなファンがお金を落としていってくれるんかいな?」
「まあ、そういうことね」
「ほえ~、世の中は上手く出来てるでなぁ」
「いつの時代もニッチなニーズがあるものなのよ。ところでアンタ……その顔は……何か悩み事でもあるってカンジね」
「いや、別にぃ」
「どうせ……ナリちゃんのことでしょう?」
「…………がっはっは!やっぱり武蔵には全部バレちまうかぁ」
二人は地元の同級生で数十年来の付き合いであった。
★
勘九郎は日本酒のロックを注文した。
よく冷えた純米大吟醸が美しい陶器のぐい飲みに注がれ、その中で氷がカラリと鳴る。
日本酒をロックで飲むなんて邪道だ!と言うような人もいるが、そんなことは全くない。
飲み始めはキリリとした爽やかな風味が堪能でき、時間が経って氷が溶けていけば水割りのようなまろやかな飲み口を楽しめる。それがロックの魅力なのだ。
なによりも「日本酒ロック」という……そのクールな響きだけで酔えるではないか。
武蔵と世間話を交えながら、勘九郎が二杯目の冷酒を飲み始めた頃である。
店内にかかっていた有線放送のBGMにややアップテンポな曲が流れ始めた。
勘九郎は音楽についての知識はまるでなかったが、その曲のジャンルがロックだということはなんとなく理解ができた。
とにかくまあ、その曲がジャカジャカと五月蠅い音で構成されていたからである。
勘九郎はふと店内の奥にあるバンドセット(いつもは置いてある年季の入った黒いジャズベースだけが見当たらない)の方にチラリと目を向けると……溜息交じりにぼやき始めた。
「はぁ……実は最近よ、ナリの奴が急にバンド活動なんかを始めやがって……それでちょっくらモメちまったんだ。今までそんなことは言わなかったのに、一体『誰の差し金』なんだか……」
「さ、さぁね……どこの誰なのかしら……ご、ゴホン」
「ったくよぉ、農家の息子が音楽なぞに現を抜かしやがって……挙句には家の手伝いができないなんて言い出しやがったんだ……。とんでもねえ話だろ?」
「まあまあ……アンタの気持ちも分からなくはないけど……バンド活動ぐらい大目に見てあげたらいいじゃない。何かに夢中になれるってのは、それだけで素敵なことよ」
「ふん、音楽で腹が膨れる訳じゃあるまいし……そんなこたぁ、実にくだらん」
それから勘九郎は冷酒を一気に飲み干すと、人差し指を立てて「もう一杯」というジェスチャーをした。
トクトクトク……と、再びぐい飲みに日本酒が注がれる。
勘九郎はその様子を見つめながら、眉間にシワを細かく寄せた。
「もしもだけどよ……この先、ナリの奴が本当に……本格的に……音楽の道に進みたいなんて言い出したら……たまったもんじゃねえよ」
「あら、応援してあげないの?」
「言語道断だや!そんなものは認めてたまるか!あいつはウチの跡取り息子なんだで!地元にしっかり根を張って、農家一筋で頑張って貰わにゃ困るで!」
「……とかナントカ言って、本当はただナリちゃんが親元を離れて『遠くに行ってしまう』ことが寂しいだけだったりしてねぇ」
「ち、違う違う!そうじゃない!とにかく俺はよ……ナリには安定した人生を送って貰いたいだけなんだ。だって……そうだろう?田舎のぺーぺーが音楽なんかやったって、どうせ売れる訳ねえんだ!現実はいつだって残酷だっけやぁ、きっとそうなるに決まってんだで!」
そう言って勘九郎は三杯目の冷酒を一気に飲み干した後、空になったぐい飲みをダン!とテーブルに強く打ちつけた。
すると……早くも酔いが回ってきたのか、その目はたちまち虚ろになり始めた。どうやら飲み口のよいフルーティな日本酒をガンガンと飛ばし過ぎたようである。
すかさず武蔵がチェイサーを用意する。
勘九郎は「すまねえ」と言うと、そのグラスに入ったお冷をガブガブと飲んだ。
──それは昔から変わらなかった。
勘九郎がこうして酒を激しく煽る時というのは、必ずといっていいほど我が子のことで思い悩む時であった。
いつも日本酒ロックを片手に「息子が反抗期になった」「息子が同級生とケンカした」「息子がグレてピアスを開けた」などといった話を、武蔵は今までも散々聞かされてきたのである。
それは傍から見たら過保護な親バカの悩みと思えるかもしれないが、勘九郎にとってはいつだって真剣に向き合うべき事柄なのであった。時には酒の力でその悩みをかき消してしまいたいほどに……。
酔いに頭を抱える勘九郎の姿を眺めると、武蔵は思わず微笑んだ。
しかし、その後……。
どこか寂し気な表情に切り替えると、まるで自分のことを話すかのように遠くを見つめながら呟いた。
「まあ、どうであれ……親が子供の夢に理解を示してくれないこと、それは子供にとっては何よりもツラいことよ。たとえ世界中の誰もが否定したとしても、親だけは子供の『生きたい道』をしっかり応援してあげなくっちゃね」
「…………」
その言葉にほんの少しだけ酔いが醒めたのか、勘九郎は天井を仰ぎながら「ふう」と大きな一息をついた。




