11話~田舎の親父~
ズドドドドド……
麦わら帽子に作業着姿のミツナリは田植え機を運転していた。
ブルブルと震えるマシンの振動を感じながら田んぼの上に正確に苗を植えていく。
幼い頃より農業機械の操縦を叩きこまれたおかげで、それはそれは随分と手慣れた様子でハンドルを握っていた。
やがてミツナリが田んぼ一枚にちょうど苗を植え終えると、向こうの方から大きなダミ声が聞こえてきた。
「おーい!ナリ~!メシだで~!」
両手を振りながら叫んでいるのはミツナリの父・久保田勘九郎だ。
こんがりと日焼けした赤みがかった肌、そしてハゲ隠しのスキンヘッドをさらに隠すように頭部にはいつも汗臭いタオルを巻いている。
がっちりとした筋肉質ではあるが、低身長で足の短いずんぐりむっくり。
日頃の晩酌のせいでお腹はタコツボのように膨らんでいて、その顔面もまた軟体動物さながらの趣のある造形をしていた。
勘九郎の容姿はミツナリとはまるで似ていなかったが、勿論しっかりと血は繋がっている。要するにミツナリの完璧なまでのスタイルや美しく整った容姿というのは、言わずもがな絶世の美人である母親譲りということだ。
ミツナリの実家は稲作をメインに営む専業農家。
故に休日になればいつも農作業の手伝いに駆り出されるのが農家の息子としての定めでもあった。
この日も早朝から田植え、田植え、田植え……ミツナリはもう何枚分の田んぼをコンプリートしてきたのかすら覚えていない。
そんな中で、ようやく訪れた昼食タイムである。
田んぼの用水路の脇、ちょうど座りやすい傾斜の小さな土手に腰を掛けるミツナリ。
母親手作りの大きなおにぎり(しょっぱい梅干し入り)を食べながら、しばしの休息に身を寄せる。
一仕事を終えた後、ふんわりと頬を撫でる風が心地良い。
ミツナリはこの時期に吹く風の匂いが嫌いではなかった。
それは田植えの匂いというか、肥やしの匂いというか、要するに田舎特有の匂いなのだが……決して不快感をもたらすものではなかった。むしろ、どこか心をホッと落ち着けるような……そんな独特な匂いなのである。
安らぎに満ちたそよ風、その真っ只中でミツナリがリラックスしていると……ガチャガチャとやかましい足音を立てながら、田舎の親父がすぐ傍にまで近づいてきた。
ミツナリの真横にドシン!と腰を掛ける勘九郎。
それからタコのように口をとがらせると、やかんに入った麦茶をそのままダイレクトでぐびぐびと飲んでから「ぷはあ~」とおっさん臭い声を漏らした。
口の周りを麦茶の水滴で濡らしながら、勘九郎は意気揚々と話し始めた。
「ところでよぉ、ナリ。来週の土日なんだけど……今度は畑の方の手伝いを頼むでな。トラクターでよぉ、ガーンと畝を作って欲しいんだわ」
「あぁ……わりィんだけど……俺、その日は『バンド練習』が入ってっから無理なんだわ」
「ほえ?バンド?なんだそれ……バンドって」
「バンドはバンドだよ。ロックバンド」
「ロックバンドって……あのガチャガチャうるせえやつかぁ?お前、いつからバンドなんて始めたんだ?」
「つい最近だよ。ま、そういう訳で……来週は家の手伝いはできねェから」
そう言ってミツナリが適当にあしらった瞬間である。
勘九郎は茹でダコのように顔を真っ赤にしながら大声を出した。その拍子に口から飛んだツバがミツナリの頬をかすめていく。
「うぉい!なんだそりゃあ!そんなのは困るで!バンドなんかよりも家の手伝いを優先して貰わにゃ!」
「いやいや、んなこと言っても……バンド練習の方が先にスケジュールを組んでたし、無理なもんは無理だって」
「そんなこたぁ知るか!お前は農家の息子なんだから、バンドなんちゅうくだらんことはやらんでいい!しっかり家の手伝いをしてくれや!」
「おいおい……バンドがくだらないだと?」
「そうだ!くだらんものをくだらんと言って何が悪い!バンドなんてのは……ただジャカジャカとやかましいだけじゃろうが!」
「アホ言え!バンドはやかましくてナンボなんだよ!」
「親に向かってアホだとぉ!?ああ言えばこう言いおって!!大体なぁ……そんなものをやってどうするってんだ?」
「そりゃあ……やるからにはビッグなバンドを目指すに決まってる」
「ぬ、ぬわにぃ?ま、まさか……高校卒業したらプロを目指すために……上京して成功してやろうだなんて……そんなバカげた夢を見てるんじゃあるまいな!?」
「だったらどうだってんだよ……男が夢の一つや二つぐらい持って何か悪いことでもあんのか!?大体よォ……こんなクソみてぇな田舎に閉じ込められて、やれ田んぼだ!畑だ!って……きったねェ泥にまみれて生きるよりはよっぽどマシだろうが!」
思わず二人はその場で立ち上がると、お互いの胸ぐらを掴みあった。
そして……、
「農業をバカにするなぁ!この、ぼんくら息子!」
「バンドをバカにすんなァ!この、タコ親父!」
もみあい状態になった挙句、そこから足を滑らせた二人は田んぼの中に頭から落っこちた。
ドボン…………!!




