表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/57

圧倒的な絶望、そして逆転への希望

「ふッぎゅるぁああ!? 至高の魔法師……! 人類の宝とまで呼ばれた黄金の魔法師、このラソーニ・スルジャンに対する無礼ッ! 重ね重ねの侮辱ッ……! もう許さんッ!」


「許さんも何も、むちゃくちゃなのはお前だ!」

 ディーユは思わず叫んだ。

 歴代最高の魔法師とまで呼ばれた男が、邪悪な侵略者に落ちぶれていた。

 魔導災害で滅んだ世界、白い砂漠の中で、頭がイカレたのだろう。しかし、だからといって必死で頑張っているミーグ領を奪い、人々の命を喰らっていい理由にはならない。

 やっとたどり着いた希望の地ミーグ。ここはディーユにとってようやく見つけた安住の地。、コロやミゥ、ミスティア、アイナと生きていける希望の地なのだ。


 ――枯死再想、ウィード・リコレクション!


 ディーユが地面に手裏剣のように投げた小枝から、一気に植物の蔓が伸びた。それは藤蔓(ふじづる)で、物理的な束縛を狙ったものだ。十メルを蛇のように進んだ藤蔓が、ラソーニ・スルジャンの足に絡みつく。

「ふっ……! こんなもので私を縛ったつもりかぁああっ!」

 黒い魔力の波動をそのまま放ち、藤蔓を破砕した。

 ――やはり……!

 ヤツは魔法を使えなくなったのか?

 王宮に居た頃のラソーニ・スルジャンならば、何らかの魔法を即座に励起、引き千切ったはずだ。だが炎も、風の刃も、複雑な術式を必要とする魔法を励起しない。

 いや出来ないのではないか?

「ラソーニ、お前……」


「私はぁッ! 最強にして、最高の魔法師だぁあっ! この清らかなる新世界の支配者にして、神にも等しき魔法の力で、全てを支配するッ――」

 ラソーニ・スルジャンはドウッ! と全身から激しく黒いオーラを噴出した。


「うわっ!?」

 これも魔法じゃない。乱暴で強引な魔力の放出。高度な魔法を操る魔法師ならば、行うはずのない力まかせの暴挙だ。

 ラソーニは暗黒の魔力の嵐を全身に纏わせ、身体のみならず顔までも悪鬼のごとく変容してゆく。

 その姿は襲来したガーゴイルよりも更に邪悪な、悪魔そのものだった。


「なんと禍々しい姿だ!」

 アイナが呻く。

 ラソーニの頭には黒山羊のような二本の角がギュルリと伸び、背中の蝙蝠じみた羽は四枚に倍加、さしずめガーゴイルの上位魔族といった姿に圧倒される。


『――ギィヒヒ! これぞ黒鬼憑変(グロギフォーゼ)、デーモニア・ジャケッツ!』

 邪悪な魔力波動が放たれ、周囲に散らばっていた犠牲者たちの遺品を吹き飛ばした。中庭と城が激しい衝撃波に飲まれ、窓ガラスが次々に割れる音が響く。


「一種の外骨格系魔導装甲か……!」


「あっ! 変身しても額の『排泄物(うんこ)』の文字は消えないんだね」

 ラソーニの変身など何処吹く風、ミスティアのツッコミが怒りの炎に油を注ぐ。


『きっッ!? 貴ッ様ら全員ブッ、殺ォオオッス!』


 ラソーニ・スルジャンは目玉が破裂せんばかりに怒り狂った。上半身を振りかぶり、拳を突き出す。と、ディーユの目の前の地面が爆ぜた。

「うおっ!」

「ひゃあっ!?」

 咄嗟にミスティアを庇い、跳び退く。


 距離は十メル以上も離れていた。命中精度が甘く、命拾いしたが致命傷になりかねない。


 ――今のも魔法とは呼べない技……! 乱暴な拳圧と魔力の合わせ技だ。


「ミスティア挑発しすぎだぞ」

「えー? ホントのことなのに」

「大丈夫かディーユ! ミスティア!」


「アイナ! ヤツは強大だが一人だ、城の兵士と連携して戦うんだ」

「あぁ!」


「ラソーニ・スルジャン! 貴様の事情など、もうどうでもいい、テメェは我が兵を殺した! それも俺の目の前でな!」

 命令違反を犯した兵士とはいえ、大切な領民に変わりはない。目の前で何十人も殺害されたことで怒り心頭なのだ。


『田舎領主がァア、お前も殺してやる……!』

「そうかよ気が合うじゃねぇかお客人! 俺も貴様を殺したくてしょうがなくなったぜ。――我がミーグの名において命ずる! 兵を再編成! ここで討伐せよ!」

 ミーグ伯爵が大声で叫び、剣を差し向け命令を下す。

「「「ハッ!」」」

 命令に即座に兵士たちが動いた。ラソーニを取り囲むよう陣形を組んだのは、猟犬小隊(ハウザー)たち十数名。更に城に残っていた衛兵が十名ほど加わって抜刀、戦闘態勢を取る。


「対魔獣陣形、三方向から仕掛けるぞ!」

「見た目に気圧されるな! 相手は一匹だ!」


 デーモニア・ジャケッツをまとい、悪魔の姿となったラソーニ・スルジャンを取り囲む。

「俺も支援する!」

「感謝する、ディーユ殿!」

 この場にいる魔法師はディーユ一人だが、攻撃支援の魔法は得意とするところだ。そして、城に来て走り回りながら、いくつかの「仕込み」を終えていた。攻撃を避けながら、小枝や種を地面に仕込んだ。あとはタイミングを見計らい、動きを封じる罠とする。


「戦闘開始!」

 猟犬小隊(ハウザー)たち二班が左右から連続で斬りかかった。ナイトワン、ナイトツーと互いに呼応しながら、巨大な黒い悪悪に肉薄する。

『舐めるなよぁああ、雑魚どもがぁあッ!』

 ラソーニ・スルジャンは腕を振り回し、魔力の波動と衝撃波を混ぜた技を繰り出す。

 一人の隊員が吹き飛ばされたが、技の範囲、威力、タイミングは既に見切られていた。連続で技を出せるが、一秒ほどのスキが出来る。それを狙って猟犬小隊(ハウザー)の隊員たちが、左右から剣で脚を、腕を斬る。

『ヌ、グゥオ……!?』

 ラソーニ・スルジャンがよろめく。ボタボタとどす黒い汁のような体液が地面に溢れた。黒い液体が城の中庭を染めてゆく。

「いけるぞ、第三班(ナイトスリー)!」

「連続攻撃、相手に休む暇を与えるな!」

 次第に傷が増え、ラソーニがドウッ、と片膝を地面についた。


「おおっ! 流石は魔獣狩りのプロ集団……! いける! あの悪魔を圧倒している!」

 アイナも身構え攻撃の機会を窺っているが、三方向から四人ずつの連続波状攻撃に、付け入るスキはない。


「……ディーユ」

 ミスティアが勘付いた。

 嫌な予感がした。いや、邪悪な魔力の気配が徐々に場に満ち始めている。

「これは……まさか!」


「首だ! 頭部を集中攻撃!」

 猟犬小隊(ハウザー)第一班(ナイトワン)が、一気に畳み掛けようと剣を構えた。

 頭部を貫き、とどめを刺そうというのだ。

 

 が、その時だった。

『……ブゥフフ……バァカどもが!』

 地面がまるで沸騰したかのように黒く泡立ち始めた。ラソーニ・スルジャンのデーモニア・ジャケッツから流れ出した黒い液体が、地面で巨大な魔法円として繋がっている。

「なっ!?」

「地面が……!」


「罠だ!」

 ディーユは叫んだ。

 ヤツは、ラソーニ・スルジャンは魔法を唱えられないのではない。ある魔法を励起しようと、全ての魔力を集中していたのだ。


『もう遅いわボケザコどもがぁあああッ! 魔血呪法、魔導人形構成魔法(ビルドゴーレミア)! 暗黒再生(ダグボーン)……!』

 ボコボコと泡立った地面からズリュッ! と黒い腕が出現、猟犬小隊(ハウザー)の隊員を殴りつけた。

「ぐあがっ!?」

 腕の次は頭、上半身、そして黒い蝙蝠じみた羽――。

「ガ、ガーゴイル!」

「うわッ!? 地面からガーゴイルが!」

 それは街を襲ったガーゴイルと同じものだった。真っ黒な顔を持つ怪物たちが、ジュルジュルと這い出してきた。次々と魔法円から出現し、次第に数を増やす。


『グゥファアア、さぁ我がしもべたちよ、増えよ……!』

 まるで地獄の底に通じる穴の蓋が開いたのように、異形の黒い怪物たちが出現し続ける。

 その数はみるみるうちに五匹、十匹へと増えつづける。


「敵増勢、下がれ……!」

「まずいぞ、倒せ! ガーゴイル共を、ぐぎゃぁっ」

 戦線は崩壊し、被害が出始める。


『ギャァハハ! さっきまでの勢いは、どうしたぁああ!? さぁ……楽しい殺戮ショーの始まりだぁあッ……! 逆らうものは皆殺しぃ! 私に忠誠を誓えばぁ、命はたすけてやるぞおおお? 従順な女、抵抗しないガキ、私のエサとなる喜びを受け入れるものは生かしてやるぁああ……!』


「くそっふざけるな! 総員、迎撃……ぐはぁ」

『はい、死刑ー』

 ガーゴイルが猟犬小隊(ハウザー)の隊員を捕まえ、地面に叩きつけた。

 隊員たちが次々と倒され、一気に形勢が逆転。


「ディーユ! まずいぞこれは」

 アイナがガーゴイルの攻撃に耐えながら叫んだ。

「これ以上、ガーゴイルを増やしてたまるか! 枯死再想、ウィード・リコレクション!」

 地面に仕込んでいた種を活性化、地面をかき乱す。

 樹種はビワ、幼木の頃から根を深く張り地面を歪める性質がある。ビワは二秒で成長し、地面を割り、ラソーニ・スルジャンが黒い魔血で描いた魔法円を破壊する。


『おのれぇえぁディーユ、貴様の仕業か!?』

「かなり時間のかかる儀式級魔法、そう簡単に再詠唱はできまい」

『殺せ、その男を……!』


 ラソーニの声にガーゴイル十数匹が一斉に動きを止め、振り返った。それはある意味、壮観な眺めだった。顔面の無いのっぺりとした顔を向けた怪物たちの頭部に、大きな目玉が一つ生まれ、ギョロギョロと動きディーユを捉えた。


「……っと、これは逃げたほうが良さそうだ」

「同感だ」

 ディーユとアイナは顔を見合わせ、同時に踵を返してダッシュ。

 ミスティアの手を掴んで走り出す。

 三人で城門に向かって逃げる。


「すごいピンチだな」

「あぁ、打開策が見つからんぞ」

「確かに、戦力差がヤバすぎる……!」

 アイナと並んで走って逃げるが、ドドド、とガーゴイルたちの気配が背後に迫る。

 ラソーニは本気でまずはディーユを殺そうとしているのだ。


 しかし、ガーゴイルを此方に引き付けられるなら好都合。城内にいるマリアシュタット姫や、コロやミゥから引き離せる……!

 その間に守りを固め、逆転の策を考える。

 それに、僅かばかり希望的にヤツの言葉を信じるなら、無抵抗な女子供は大切な「エサ」だという、つまり生き延びるチャンスは大きい。


「僕も一緒に逃げるっ!」

「ミスティア!? ダメだおまえは城内へ逃げろ!」

 コロやミゥたちと合流してほしいと、城の横にある通用口を指差す。


「やだね、ディといたほうが楽しい!」

「楽しいって、おまえね……」

 ダークエルフの少年は、絶体絶命のピンチだというのに笑っていた。

 今まで千年近くも眠っていて、その前も実験動物のように(ゲージ)の中で暮らし、楽しいことなどなかったのかもしれない。


「それに、さっき援軍(・・)を呼んでおいたから」

「援……軍?」


 ぴゅーい、と空から声がした。

 見上げるとミスティアの『友竜(うりゅー)』が舞っていた。


「まさか……!」

「うん森の民、オークさんたち」

 シルバーの髪をなびかせて走るミスティアは、そう言ってエルフの耳を動かした。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 激昂はしているものの、ラソーニの優位性と言うか圧倒的な強さは依然変わらず、このままだと戦線崩壊待ったなしですね……!! オーク達の助力はありがたいとはいえ、この状況下で彼らの増援で何とか出…
[良い点] 前話では、Winアップデートの影響で感想が上手く送れず失礼しました。 さて、気を取り直して読ませて頂きます。 下劣な本性を露にしたラソーニ・スルジャン。 しかし奴も腐っても堆肥というか鯛…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ