ハイ・エルフの烙印 (※ざまぁ有ります)
「そこまでだ、ラソーニ・スルジャン!」
城に駆け込むなり叫んだのはアイナだ。
騎士の剣をスラリと抜き、中庭にいる魔法師、ラソーニ・スルジャンに切っ先を向ける。
一斉に、大勢の離反した兵士や自由冒険者たちの視線が突き刺さった。
――アフェリア女史が足止めしてくれていたのか……!
ディーユは思わず胸を撫で下ろした。
ラソーニ・スルジャンの嘘を信じ、安易に城に招き入れなかったアフェリア女史、いや、ミーグ伯爵の分析力と判断力に敬意を表する。しかし状況は緊迫の度を増している。
「まてアイナ! 状況を冷静に見極めろ」
今にも突進しそうなアイナに声をかける。
「あの男の首を取る! 女王陛下を誑かし、国を裏切った大罪人、理由などそれで十分だ!」
「気持ちはわかるが、多勢に無勢だ」
ラソーニ・スルジャンの取り巻きが問題だ。
兵士や自由冒険者たちとの戦闘は避けたい。しかし、それではラソーニに近づけない。魔法師は通常、中距離、遠距離の攻撃魔法を操る。
「ディ……! あいつ、やっぱり変だよ」
その時、ミスティアがぎゅっと腕をつかんだ。ダークエルフの翡翠色の瞳には、普通の人間とは違う魔力の波長が見えているのだ。
「変なことが多すぎて何がなんだか……」
「ううん、あいつから感じる魔力は、ぐちゃぐちゃに混じってて黒いんだ。魔術や魔法を使う魔法師、魔法使いの放つ気配じゃない、あれじゃまるで……」
「まるで……?」
「沢山の魔法使いから魔力を奪って、溜め込んで混ぜすぎて、腐ったみたいだよ」
「魔力を……吸いとった?」
ハッとする。
確かにラソーニの放つ魔力の気配が、以前と明らかに異なっている。ミスティアほどではないが、これだけ近ければディーユでさえ異変を感じられる程に。
王宮では黄金色で派手な、暑苦しいまでに自己顕示をしたような魔力の波動を放っていた。
それが今、ラソーニ・スルジャンから感じられるのは、黒く淀んだ波動。それは腐臭にも似ていた。
「まさか……あいつ」
ラソーニ・スルジャンが振り返った。狂喜に染まった顔は、もはやイケメン青年魔法師のものではなかった。
「んはぁああん!? 今さら何の用かぁああなぁッ? 醜い女騎士に、出来損ないの三流魔法師ディーユゥウウ! 貴様は追放しただろうがぁあ! 使えないDランクのゴミゆえに、追放したはずだァアッ! そこで震えてだまって見ていろォオオ!」
キシャァアア……と、耳まで裂けんばかりに口の端を持ち上げて嘲笑。
目は禍々しい赤い光を放ち、尋常ならざる気配がする。
と、その額には「✕」印が刻まれていた。何かの傷かとも思ったが、赤い光が漏れている。
「なんとでも言え。もう追放だのランクだのは関係ない! ラソーニ! お前からガーゴイルと同じ臭いがする! それを皆に伝えに来た……が、みたところ先を越されたようだな」
「はぁぁああん? 奴隷のォ、犬っころ娘のざれ言など、だぁああれが、信じるかボケェエエ!」
コロがバルコニーにいた理由も理解した。コロの持つスキル、匂いをかぎ分ける鼻の力で、ラソーニから黒い魔物と同じ臭いがする……と指摘、ミーグ伯爵たちに進言したのだろう。
「信じる! もう確定だ! 俺の連れ、こっちのダークエルフも同じことを言っているからな!」
ディーユは傍らのミスティアの肩を抱きつつ、状況の推移を冷静に分析しつつあった。
「なっ、エルフ……!? いい、いや、そ、そいつはダダダ、ダークエルフ! つまり、劣等種、劣化版のはず……! あいつら……神のごとく忌々しい、ハイ・エルフとは違うはずだァ! っちゅらぁあああ!?」
ミスティアの姿をみるや、ラソーニ・スルジャンはやはり動揺し、半ば発狂したように頭をかきむしった。
ハイ・エルフ? 一体何の事を言っている?
会ったのか? ラソーニは伝説のハイ・エルフに。
ラソーニの額で「✕」印が更に赤い輝きを増した。
「あれ? あの額の印……」
ミスティアが目を細め、じーっと睨む。たが遠くてよく分からないようだ。何かの意味があるのだろうか。
だが、僅かな時間の合間に状況分析が出来た。
ディーユは魔法の準備をしながら身構えつつ、状況を整理する。
ミーグ伯爵の城、三十メル四方の中庭はラソーニ・スルジャンに煽動された一団が雪崩込み占拠している。
およそ五十名ほどの武装集団。命令違反の兵士や自由冒険者達だが、彼ら全員が自らの意思であそこにいるのか、あるいはラソーニ・スルジャンの魅了系魔法で誘導されたのかはわからない。
一団と対峙し、庭に押し留めていたのはアフェリア女史ただ一人。いや違う。こうしている間に、城の建物の陰や庭木の陰には、精鋭部隊の猟犬小隊が配置についていた。
抜け目がないのは流石だ。
一団を取り囲み、制圧の機会を窺っているようだ。戦力はおそらく十数名といったところか。
城の二階のバルコニーにはミーグ伯爵にマリアシュタット姫、それにコロの姿もある。ミゥの姿は見えないが、城には被害が及んでいない現状では無事と考えていいだろう。
「あぁああッ! もういい、めんどくせぇええ! この場にいる全員を、殺し、リセェエエエット! この国を支配しちゃるるぁあああ!」
ラソーニ・スルジャンが絶叫。途端に全身からどす黒いオーラを噴出した。まるで竜巻のように黒い渦を巻き、禍々しい赤い稲妻が走る。
「ラ、ラソーニ・スルジャンさま!? お、落ち着いてください!」
「わ、我らはあなた様と共に、英雄であるラソーニ様と共に戦ッ、ゆふっ……!?」
ブシュゥウウウウと、不気味な音が中庭に響いた。
ラソーニ・スルジャンの真横にいて尻尾を振っていた部隊長、ヤスヴェールの顔が老人のように干からび、髪が白く変色する。彼だけではない。周囲にいた兵士や自由冒険者たちにも同じ症状が、瞬きほどの合間に伝播してゆく。
「ヤツから離れろぉおッ!」
「まずいっ!」
冷静に状況を見極めていたのはミーグ伯爵だった。叫ぶと同時にディーユも魔法を励起する。
「ひっ、ゃぁあああ……ッ!? アッ、アァアアー」
「ぐあっ、力が……全身から……」
「な、なんだ、これは……」
「エ、エナジー・ドレインだ! それも……広範囲の、強力なっハァアアアアア…………」
自由冒険者の一人は魔法使いだったのだろう。瞬時に攻撃の属性を分析したが、既に遅かった。
周囲の十数人が一斉に、黒いミイラのようになり朽ち果てた。立ったまま息絶え、ボロボロと崩れ中庭に黒い消し炭のように砕け落ちる。
「う、うわぁああああっ!?」
「ラ、ラソーニさまぁあああ!?」
「逃げ……ぎゃぁ……あ、足がぁああっ……!?」
逃げようとした兵士や自由冒険者たちの足が折れた。既に強力なエナジードレインの効果で手足が壊死、崩壊しているのだ。
「んんー、実にぃ! 実に美味ィイ! あぁそうだ、実に役にたったとも、私の……ランチボックスたちぃい!」
ラソーニの全身が黒い光を纏う。バリィイッ! と胸元から自らの服を引き裂く。露になった胸板、その中心部には不気味な光を放つ、水晶が埋め込まれていた。
ズギュゥウウウウ……! と周囲に立ち上った黒い竜巻が、その水晶に収斂し、吸い込まれてゆく。
「生気や魔力を吸い込んでいるのか……!」
すでに周囲にいた取り巻き連中は、壊滅的な状況だ。
逃げ出せた者もいるが、殆どは黒い消し炭のようになり、装備や服だけが地面に残っている有り様だ。
「生命力に魔力……! その力でお前は、あの爆心地で……白い砂漠を、生き延びていたのか!」
「ご推察の通りさ、Dランクの魔法師ィ。貴様ごときでも、それぐらいはぁあわかるようだなぁあ? んーふふふ」
全身から漲るパワーの奔流が、周囲を吹き飛ばした。
数十人の命を吸い尽くし、尋常ならざる魔力と肉体の力を手に入れたのだ。
マリアシュタット姫やコロ、アフェリア女史も城の中へと避難したようだ。ミーグ伯爵と執事長ジョルジュはバルコニーに残り、戦闘の指示を出すつもりか。
「ば、化け物め……!」
アイナが剣を構える。
「ついでに、お前らからも、ちゅーっと吸収ぅううッ!」
ラソーニ・スルジャンがアイナやディーユたちに手を向ける。距離はおよそ十五メル。
おそらくあのエナジードレインの能力は、指向性を定めることで、中距離にいる相手からも吸収できるのだ。
黒い竜巻のような波動が押し寄せてきた。
「くっ、枯死再生、ウィード・リコレクション、生垣障壁ッ!」
手近にあった生垣、城の庭を囲んでいた生垣の枯れ枝から一気に壁を生育させる。樹種はネズミモチの木か。成長が早く丈夫、生命力のある樹種で、生垣に向いている。
アイナとディーユ、それに傍らのミスティアを守るように、高い密度で育成させる。
「ハッハァ!? そんな脆弱な結界で、防ぎきれるものかぁああ……!?」
「ぬぅああああっ!」
「ディーユ!」
「ディさん!」
生垣の向こう側が瞬時に枯れる。だが、それにも劣らぬ勢いで、魔力を注ぎ、壁を更に厚くする。
守るんだ、アイナとミスティアを……!
「くっ、くそっ……!」
腐食の速度が速い。成長よりも魔力と生気を同時に吸われているからだ。植物では防ぎきれない。
「ほぅ? 再生しつづけることで破壊を防いでいるのか……! 生体結界とは、面白い……! Dランクでもここまでできるとは、驚きだぁあ! がッ!?」
突如、ラソーニの攻撃が止んだ。
ハッとして視線を向けると、精鋭部隊猟犬小隊が矢を放ち、数名が斬りかかっていた。
「ディーユ殿! 支援します!」
「バァカァ……どもがぁああっ!」
「「わぁああっ!?」」
ドゥッ! と魔力の嵐が吹き荒れ、肉薄していた猟犬小隊が弾き飛ばされた。
ラソーニ・スルジャンの肉体が、黒い粘液のようなもので被われて行く。尻の辺りからジワジワと全身を侵すように、黒い粘液が全身を這い、包み込む。肉体がボコボコと肥大し、変化して行く。背からズルリと蝙蝠じみた羽が生え、鋭いムチのような尻尾が伸びた。
ラソーニ・スルジャンの顔はそのまま、肉体だけが二倍にも膨れ上がっていた。
「あ、あれは……!」
「ガーゴイルか!」
「ヒァイアアア! ハハハ! 見よ! この力こそ、神にも等しきハイ・エルフのご慈悲……! 選ばれし私が授かった庇護の証ィイ! 永久の命と、無限の魔力を約束する、私だけに許されたスペシャル・スゥパァなワンダフルパワァアアー!」
体は屈強な黒い魔物、顔だけが白いラソーニという、アンバランスなガーゴイルが叫ぶ。
「な、なんてことだ」
「ヤツがガーゴイルに化けてやがったのか!」
猟犬小隊たちもミーグ伯爵も、真実を目の当たりにする。
――城内にガーゴイルが出現!
警報が響き渡る。
と、その時だった。
「ぷっ……! あははっ……!」
突然の笑い声に、緊迫した空気が凍りついた。
中庭がしん、と静まり返る。
猟犬小隊たちもミーグ伯爵も、いや、ラソーニ・スルジャンさえも、突然の笑い声に視線を向ける。
お腹を抱えケタケタと笑いだしたのはダークエルフのミスティアだった。
「おっ、おいっ!? どうしたんだこんな時に!?」
アイナが青ざめた顔で振り返る。
すると、
「すまん、ダメだ。俺も耐えられん……! ぷっははは……!」
「ディーユまでも!?」
「ぷっ、ははは、あははっ!」
身体をくの字に曲げ、涙を流し笑い転げる。
「き、貴様ら……! 恐怖のあまり、絶望のあまり、気でも違ったかぁああ!? おいっ、なぁああっ!?」
流石のラソーニ・スルジャンも攻撃を忘れ叫ぶ。だが、その声には一抹の不安の影が揺れていた。
「あーっはっははは! ダメ、顔を向けないで!」
「だって、おま……額の……印、それ……」
はっとしてラソーニは額に手を当てた。
水晶を胸に埋め込み、超絶なパワーを得たときから出現した印。それはハイ・エルフの魔力の一端、超高度な魔法文明の遺産を手に入れたことの証のはず。
✕印はエックス、つまり何者をも超越したランクを意味――
「はぅ……ぁ!?」
ラソーニ・スルジャンはそこでハッと息を飲んだ。
これはハイ・エルフたちの文字。
つまり超古代のエルフ語なのだ。
ひーひーと笑っていたミスティアがようやく、涙を拭きながら指差した。
「額に『うんこ』って、バカなの?」
「あぁ、言っちゃた」
「だってー」
ぴょんとミスティアがディーユに抱きついた。ごしごしと顔を服に擦り付ける。
「う……ん……こ?」
ラソーニが唖然とし指で額に触れる。
✕印にも見えるが、額の印は微妙に文字の端がハネていた。
それは、古代のエルフ語では排泄物、廃棄物を意味する。
俗に言えば『うんこ』と額に書かれたのだ。
「一体、ハイ・エルフに何をされたんだ?」
「ざまぁないね。トイレにでも流された?」
ディーユとミスティアが同情したような表情を浮かべつつ、笑いをこらえている。
「うんこだと? あの額には、そう書いてあるのか!? 排泄物のうんこ、と!?」
アイナがデリカシーもなく叫ぶ。古代エルフ語を読めるのは魔法師ぐらいなものだ。
「何度も言うなよアイナ。ぷっ……くく」
「ぷっ……まじか」
「ハハ……嘘だろ、やべぇな」
猟犬小隊たちでさえヒソヒソと笑っている。
もはや排泄物を相手にしているのと同じこと。
何を言おうが、どんな強いパワーを見せつけようが、ラソーニ・スルジャンは『排泄物』なのだから。
ラソーニの動きが止まる。
目は血走り、視線は虚ろ。
額には青筋をいく筋も浮かべている。
プルプルと全身を震わせ、青ざめ、血の気が引いていくのが、誰の目からも明らかだった。
「う、う。う……うぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
眼球を別々の方向に向けて絶叫。
ラソーニがついに、壊れた。
<つづく>
※食事中の読者様、すみませんw




