森からの援軍、ミスティア真の力
「オークたちを呼んだのか?」
「うん」
「ここ、領都レザトゥスへ?」
「そうだよー!」
走りながらミスティアは、こくりと頷いた。
「いっ、いやいやちょっとまて……! いろいろマズいだろ、街にオークが来たら大混乱に……」
「でも、危なくなったら森のお友達を呼んで良いって、アフェリア姉ぇさんが言ったもん」
ぷく、と片頬をふくらませる。
「アフェリア女史が!?」
つまり、これは作戦の第二段階として組み込まれていたということか。
第一段階はガーゴイルに対し、ミスティアが精神干渉を行う。それで効果が見込めない、あるいは失敗した場合の「保険」として。
実際はまだ子供で、精神的にも不安定なミスティアを軍事作戦に組み入れるなど、通常の軍なら考えもつかない。しかし物事を大局的に見て判断されるミーグ伯爵や、頭の切れる参謀役のアフェリア女史ならば考えうる策だと合点もゆく。
仮に、領軍による迎撃が失敗し、防衛線が崩壊すれば対抗する手段はない。
状況が悪化し対処不能となった場合、オークを援軍として召喚する。それは「毒を以て毒を制す」という発想だが、危険な賭けでもあるはずだ。
ミスティアは魔物――森で暮らすオークやゴブリンの心へ干渉できるとはいえ、不安定。スキルの影響範囲は最大でも直径1キロメルの範囲に限られるのだから。
「ディさんと一緒なら大丈夫でしょうって、言ってたし」
「……なるほど」
ディーユは思わず苦笑する。共に行動している限り、精神安定上は問題ない、と考えていたのか。
「って、今から呼んで間に合うのか? 森からここまで距離があるんだぞ……!」
「大丈夫だよ、来てくれるように呼び掛けたのは、えーと昨日の夕方だもん。人目につかないように川沿いに移動して、街の外でまっててねって」
前回は海岸線に沿って移動。今回はミーグ領を流れる川べりを移動させているわけか。
「どうやって作戦をオークたちに伝えたんだ?」
「『友竜』に伝言を頼んだの」
走りながら路地を抜け、空を見上げる。
小さな翼竜がゆっくりと旋回しながらついてきている。
「まさか……!」
あの小さな飛竜は、こういうことのために存在しているのか?
森の主、ミスティアの固有能力は魔物との心の交流。連携し組織化――。その気になれば軍勢さえ築けることになる。
「ディーユ! ガーゴイルどもに追いつかれた!」
「アイナ! 先に川がある、その方向へ逃げろ!」
「ならば路地を通ろう!」
この先には領都レザトゥスの南部を流れる河川、シャケノヴォルがある。
街中を駆け抜ける。すでに城から三百メルは走っただろうか。
体力バカのアイナは重い装備をつけたままでもまだ元気そうだが、ディーユもミスティアも息があがりはじめている。
シャケノヴォル川は、北の森林地帯とも繋がっている。河川敷には低い木々が茂り、身を隠すことも出来る。ゆえに夜間ならばオーク達が移動しても気づかれることはない。水や食べ物も手に入るわけで、兵站も問題ない。
流石は地の利を知るミーグ伯爵とアフェリア女史、か。
「それで、援軍は近く……か!?」
「いま配置してる……!」
ミスティアの固有能力が発動し始めた。オークの援軍、おそらくは群れとの精神干渉範囲を一気に広げているのだろう。
『ギシャァアアアッ!』
「どりゃぁあっ! 援軍だって!? どういうことだディーユ!」
『ギャブァアアアッ!』
アイナが追いついてきたガーゴイルを剣で叩きつけた。
戦い続けるも、逃げるのも限界だ、既に黒い死神、ガーゴイルども十数匹が、路地を埋め尽くすかのようにワラワラと追い縋っている。
「頼もしい連中が来るらしいが、驚くなよ!」
枯死再想――ウィード・リコレクションで『野ばら』の蔓を繁茂させる。
路地を埋め尽くした有刺植物、野ばらの蔓が、ガーゴイルの足に絡みつき、速度を鈍らせた。
『ギギィッ!』『ギゥァア!?』
しかし後続のガーゴイルが跳躍し、建物の壁を蹴って移動、防壁を乗り越えて襲ってきた。
「くそっ! 」
「なんでもいい! ずうりゃあっ!」
ガーゴイルが目の前に着地するタイミングを狙い、両手持ちの大剣を横に振り抜く。
アイナが怪物の脚を両断すると、ガーゴイルはそのまま地面に激突し黒い粉となって爆発した。
人々が早朝の戦いの騒ぎに驚き「何事か!?」と覗く。
「家から出るな! 扉を閉めろ!」
アイナが叫ぶと同時に、殺到する黒いガーゴイルの群れを見て、人々は慌てて窓やドアを閉ざす。
「枯死再想――ウィード・リコレクション!」
バカの一つ覚え、戦闘においてもこの魔法しか使えない。
ポーチから取り出した小枝を、魔法の杖のようにガーゴイルに差し向け、魔法を励起。斜め前方、一気に成長させた若い杉の樹木で、ガーゴイル数匹を通りの向こうに押し返す。
「くっ、時間稼ぎが精一杯だ!」
防衛線を築いていたシャケノヴォル川は、大きく街を包み込むように蛇行して流れ、ディーユ達が逃げている方向にも流れている。
しかし市街戦となれば、オークたちにとっては不慣れな場所のはず。
ミスティアが走るのを止めた。
壁によりかかり、片目を手で被うように押さえている。
「大丈夫か!?」
「ディ、心配ないよ。はじめるね」
「ミスティア、その目……!」
左目、瞳がグリーンの輝きを放った。光彩の内側には、小さな魔法円が幾重にも浮かび、複雑に動いている。
ミスティアは何かを『視て』いるのだ。
「――全精神感応接続成功。戦域情報図生成完了、敵味方位置掌握、戦術情報全個体共有、個別戦闘単位……戦闘開始!」
まるで別人のように超古代のエルフ語を超高速で詠唱、それにはディーユにも翻訳できない魔法用語も混じっていた。
小さなダークエルフの少年が、持てる力の全力を注いでるのがわかった。上空を舞う『友竜』の目にも、キラリと緑色の輝きが瞬くのが見えた。
魔力波動を中継し、戦域全体にいる仲間たちを結びつけて誘導しているのか。
そしていま、ミスティアは完全に無防備だ。
ディーユとアイナを信頼しているからこそ、背中を預けたのだ。
「アイナ! ミスティアを守るぞ!」
「承知した! ここを死守するっ!」
動きを止めたディーユたちめがけ、ガーゴイルたちが殺到してくる。その数は十数体、全てが来ている。
『ギョシャァアアア!』
目の前に巨大なガーゴイルが着地、口をがばっと開けた。衝撃波を伴う攻撃を仕掛けるつもりか!
「させるかぁ!」
アイナが斬りかかるが、もう一匹のガーゴイルが立ちはだかった。
絶体絶命かと思われた、その時。
アイナの目の前にいたガーゴイルが、衝撃音とともに吹き飛んだ。巨大な肉の塊がまるで岩のように体当たりをブチかましたのだ。
『ピギァ!(ただいま!)』
『プギィイッ!(参上!)』
『ブシュァッ!(だ)!』
三びきのオークたちがズシャァア! と土煙をあげながら次々とアイナの前に立ち並んだ。
「な、ななな!?」
唖然とするアイナ。
『ブギィ!(オラァ!)』
ドゴッ! と、太いこん棒がガーゴイルの頭部を叩き潰した。
ガーゴイルは状況を瞬時に判断できず、動きを止めた。それに対し渾身の一撃を加えたのは、若いオークのオスだった。
二匹目がガーゴイルの翼をつかみ引きずり倒し、三匹目のオークが飛びはね、急降下による重量攻撃を食らわせた。
ガーゴイルはつぶれ、黒い霧となって爆散する。
「お、おおおおおお、オークぅ!?」
アイナが悲鳴をあげた。ガーゴイルに加えてオークまで、という絶望が顔にありありと浮かぶ。
「味方だ! アイナ! 援軍だよ!」
「えっ、ええ、援軍って、こいつらが!?」
「ミスティアが呼んでくれたんだ」
「あ……!」
ディーユの言葉に、状況を理解したアイナ。戸惑いつつも剣を構える方向を、ガーゴイルに向け直す。
「……信じて、いいんだな?」
「今はそれしかあるまい」
『ブキュル!(お守りします!)』
『ビキュゥ!(森の主、その友)』
『イキュル!(我らの嫁を)』
オークたちが親指を立て、キバの生えた口許を持ち上げた。
ブタと人間を合わせたような醜い魔物が、これほど頼もしく見えるなど、考えもしなかった。
「じ、実に友好的な笑み……」
「私を見る目だけ違う気がするのだが!?」
「気のせいだ、アイナ。俺たちも戦うぞ!」
「あ、あぁ!」
『ギシャァアアアッ!?』
『プギャァア!』
気がつくと、他にも大勢のオークたちが川辺の茂みから飛び出し街へと進撃、一斉にガーゴイルたちに飛びかかった。
その数は百匹近い。港町を襲撃したときよりも精鋭揃いだとわかるオークの軍勢が、肉の壁となってガーゴイルたちにむけ突撃する。
ガーゴイルは黒い衝撃波を放つが、オークはそれを見越していたかのように避ける。
――ミスティアが戦術情報を共有しているんだ!
肉薄し、こん棒で殴り付け、掴み、腕や羽を引きちぎる。
『プギィイア!』
『ギィガァアア……ッ!?』
ガーゴイル軍団対オーク軍団という魔物対決は、さながら地獄絵図のごとき光景だった。
だがオークは元来群れで行動する魔物、単なる魔物の集団、烏合の衆ではない。三匹から五匹程度の小隊に分かれ、それぞれが連携し、ガーゴイルと戦っている。
さながら訓練されたミーグの特殊部隊を連想させる。
「さっき、城で見た戦い方を真似てるんだ」
ミスティアが片目を光らせながら言った。
「まるでオークの猟犬小隊だ! 並みの兵士よりも勇敢で、恐れを知らない!」
アイナが絶賛しながら剣を振るう。
『ピギュァ!(うぁあっ!)』
「とおりゃぁぁああ!」
ピンチに陥ったオークにアイナがカバーし助ける。
ディーユもガーゴイルの動きを少しでも封じようと、絡み付く蔓草――葛を魔法で生成し足に絡ませた。
ミスティアはオークたちに念じるように指示を出し続けている。
「連携を崩すなよ! 互いに助け合い、誰も死ぬな!」
ディーユは叫んでいた。
言葉はオークには通じない。しかし、気持ちはミスティアを通じて、オークたちに伝わってゆく。
『『『ウァオオオオ……!』』』
オークたちが雄叫びをあげ、戦意を高揚させる。
対して、ガーゴイルたちは連携などしていない。
バラバラで個別に動き、目の前の敵を倒す事だけしか考えていない。いや、そもそも何も考えていないのだ。
指示され、植え付けられた命令を忠実にこなすだけの、黒いゴーレム兵。
その差は歴然だった。単体では圧倒的に優位なはずのガーゴイルが次々と撃破されてゆく。
戦闘開始からわずかの時間で、勝敗の行方は決しつつあった。
オークの軍勢は連携し、危なくなった仲間を助け、フォローしあいながら戦いを有利に進めてゆく。
『ブギュァア!』
「最後の一匹だ!」
ドシャァ! とアイナがガーゴイルの首を刺し貫くと、黒い霧となって消え失せた。
「やった、あのガーゴイルの群れを……」
「撃破したぞ……!」
『『『ウァオオオオ……!』』』
ぴゅーい、と空から声がした。
『友竜』がミスティアの腕に舞い戻ってきた。翼を休め、少年のほほに首をすり付ける。
「ありがと、ウリュー……」
「っと!」
ふっ、とミスティアが倒れる寸前、ディーユは受け止めた。魔法力を消耗し尽くし、気を失ったのだ。
「おまえもよく頑張った、ミスティア」
少年の細い身体を、お姫様のように抱き上げる。
「オークたちが帰ってゆく……。感謝する! 森の戦士たち!」
アイナが、去ってゆくオークたちに手をふると、彼らもぎこちなく手を振り返した。
『ブッヒュウ(かわいい嫁)』
『ボヒュル(オレの嫁)』
『ブヒッ!(オレんだ!)』
「……なんだ、ぞわぞわする?」
「愛情の眼差しだ」
やはりアイナはオークのオスたちに大人気らしかった。
◆
「な……なにが……おこって……いる……んだぁあああああああああ!? ディーユを……魔物が……醜い、オークがぁああ、助けた……だとぁああああ!?」
ミーグの城に侵入を果たしたラソーニ・スルジャンは顔を歪め、絶叫。拳でドアを粉砕した。
あと一歩でディーユを殺せたのにオークが助けに入った。
意味が、わからない。
何がどうなって、そんなことが起こり得る?
魔物が人間を助けるなど、あるはずのない事が!
そしてなぜ、ダークエルフが、ディーユごとき、程度の低い魔法師と共にいる……!?
「なぜだ、何故、何故、なぜぇえええええッ!」
なぜ? 何故、うまくいかない?
力も魔力も圧倒的に、自分が上!
完全に絶対的に有利のはずなのに……!
なのに、ナゼ!
こうも何もかも、うまくいかないのだッ!?
「お前はディーユには勝てない」
ギラリと光る剣を、ミーグ伯爵は構えた。
「ふぐーッ、フゥウウウッ……!」
ラソーニ・スルジャンは狂犬のごとき濁った目で、真正面に立ちはだかる男、ミーグ伯爵をにらみつけた。
<つづく>




