第29話 夏休みのお土産
夏休みも、残すところあとわずかになった。
湖で昼寝をして、モフと遊んで、美味しいものを食べる。
そんな毎日も、もうすぐ終わってしまう。
もう少しここにいたい気もするけれど、学園には学園の楽しみがある。
エミリーとソフィアにも、しばらく会っていない。
元気にしているかしら。
そんなことを考えていたところへ、アリアが二通の手紙を持ってきた。
「お嬢様、学園のお友達からお便りが届いております」
「あら、誰から?」
「エミリー様とソフィア様からでございます」
「まあ!」
私は早速、二通の封を開けた。
エミリーの手紙には、領地での夏休みの様子が書かれていた。
家族と出かけたことや、久しぶりに会った親戚のこと。最後には、領地で見つけた可愛らしい小物をお土産に選んだので、新学期に渡すのが楽しみだと添えられていた。
ソフィアの手紙にも、領地で過ごした日々のことが綴られていた。
こちらはお菓子を用意してくれたらしい。
どちらの手紙にも、早く学園で会いたいと書いてあった。
私も同じ気持ちだったので、読み終える頃にはすっかり嬉しくなっていた。
「私も、お土産を用意しなくちゃ」
「何になさいますか?」
「そうねえ……」
ここには湖もあるし、森もある。
領地の特産品だってあるけれど、せっかくなら、この土地ならではのものを贈りたい。
真っ先に思い浮かんだのは、セレイアの香水だった。
でも、あれはすでに販売している。お金を出せば買えるものを、そのままお土産にするのも少しつまらない。
何かないかしら。
そう考えていて、ふと思い出した。
「アリア。セレイアの香油を作るとき、香りのついたお水もできるのよね?」
「はい。工房で分けておりますが」
「あのお水、何かに使えないかしら?」
「と申しますと?」
「化粧水よ」
前の人生では、毎日当たり前のように使っていたものだ。
こちらの世界にも肌の手入れに使うものはあるけれど、セレイアの香りがする化粧水は見たことがない。
「顔につけるものだから、肌に問題がないように作ってほしいの。工房の方に相談してもらえる?」
「かしこまりました」
「できれば、あまり香りが強くないものがいいわ。ほんのり香るくらいで」
香水は香りを楽しむためのものだけれど、化粧水は毎日使いたい。
朝、顔を洗ったあとにセレイアの香りがしたら、きっと気持ちがいいと思う。
それに、お友達へのお土産にもぴったりだ。
そうして、工房へお願いすることになった。
◇
数日後。
「お嬢様、試作品が届きました」
「まあ、早かったのね!」
アリアが持ってきた小瓶には、薄く色づいた液体が入っていた。
蓋を開けると、セレイアの優しい香りがする。
香水ほど強くはない。
「いい香りね」
「肌への使用についても確認を進めております。まずは少量でお試しくださいとのことです」
「ええ、そうするわ」
使い心地を確かめながら、気になるところを工房へ伝えた。
少しべたつくものもあったし、香りが強すぎるものもあったけれど、何度か調整してもらううちに、ちょうどいいものができた。
肌に問題がないことも確認してから、私は完成した化粧水を手に取った。
「うん。これなら毎日使いたいわ」
さらりとしていて、肌になじむ。
何より、顔を洗ったあとに好きな花の香りがするのが嬉しい。
「これを十個ほど、小瓶に分けてもらえるかしら」
「十個でございますか?」
「ええ。学園に持っていくの。お友達へのお土産と、私の分。それから予備も欲しいわ」
エミリーとソフィアにはもちろん、クララにも渡そう。
図書室で会った、丸い眼鏡の女の子だ。
本の話を楽しそうにしていた姿を思い出す。
あの子にも、喜んでもらえるといいな。
「それと、これは販売しないでね」
「かしこまりました」
「お母様にもお話ししておくわ」
セレイアの香水が売り出されたときは、ずいぶん評判になったと聞いている。
化粧水まで売り出すことになったら、またいろいろな話が持ち込まれそうだ。
私はお友達にお土産を渡したいだけ、面倒なことはしたくない。
◇
「化粧水?」
午後のお茶の時間に話すと、お母様は興味深そうに小瓶を眺めた。
「ええ。セレイアの香りがするんですの」
「まあ、素敵ね」
「でも、これは売り物にはいたしませんわ」
「あら、そうなの?」
「私とお友達の分だけです。お母様にもお渡ししませんからね」
お母様は一瞬きょとんとして、それから笑った。
「まあ、私まで?」
「だって、お母様がお持ちになっていたら、社交界で欲しいと頼まれるでしょう?」
「それは、そうでしょうね」
「ですから、これは私の戦略品ですの」
「戦略品?」
「お母様がお持ちでなければ、どなたに頼まれてもお渡しできませんもの」
お母様は少し考えてから、納得したように頷いた。
「なるほど。それなら私も、持っていないとお答えすればいいのね」
「ええ!」
「分かったわ。レティが大切なお友達のために作ったものですもの。私から誰かに渡したりはしませんよ」
「ありがとうございます、お母様!」
これで安心だ。
香水は商売になったけれど、何でもかんでも売る必要はない。
自分が使いたいものを作って、好きな人に贈る。
それだけで十分楽しいのだから。
◇
学園へ戻る前日。
荷物を確認していた私は、並んだ小瓶を眺めながら、もう一つ思いついた。
「ねえ、アリア」
「はい」
「この香り、石鹸にもつけられないかしら?」
「石鹸でございますか?」
「ええ。手を洗うたびにセレイアの香りがしたら、素敵だと思わない?」
「そうでございますね。工房に確認いたしましょうか」
「お願い。できるかどうか、試してもらってちょうだい」
石鹸なら、化粧水よりも気軽に使えるかもしれない。
お風呂で使ってもいいし、手洗い用にしてもいい。
ただ、香りが強すぎるのは嫌だし、洗ったあとに肌がつっぱるのも困る。
「使い心地も大切にしてほしいわ。急がなくていいから、できたら知らせてね」
「かしこまりました」
これで、帰ったあとにも楽しみが一つできた。
石鹸が完成する頃には、学園の生活にもすっかり戻っているだろう。
次に別邸へ来たとき、使えるようになっていたら嬉しい。
私は化粧水の小瓶を一つずつ包み、持っていく荷物に入れてもらった。
エミリーとソフィアは、どんなお土産を選んでくれたのかしら。
クララにも、図書室へ行けば会えるだろうか。
そう考えると、休みが終わるのも悪くない気がしてくる。
◇
こうして、私の夏休みは終わった。
教会の人たちには少々邪魔されたけれど、湖でのんびりできたし、お友達へのお土産も用意できた。
石鹸が出来上がるのも楽しみだ。
さて、学園に戻ったら、まずはエミリーとソフィアに会わなくちゃ。
クララにも、図書室で会えるかしら。
久しぶりの学園生活が、少し楽しみになってきた。




