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第28話 誰がお願いしたのです?

 教会の使者が帰ってから三日後、アルフレッドが調査の結果を持ってきた。


 その日は両親も別邸におり、お父様は朝から湖へ釣りに出ていた。ここ数日の成果は未だに一匹で、その一匹についても、本人は「かなり大きかった」と主張しているけれど、料理長によれば夕食の皿に十分収まる大きさだったらしい。


 お母様はそんなお父様を笑いながら見送り、午前中は私と一緒にセレイアの香油を試していた。


 夏休みらしい、平和な一日である。


 昼食を終え、私はモフと一緒に居間へ戻った。


 午後は何をしようかと考える必要はない。何もしない予定なのだから、そのとき一番したいことをすればいい。


 モフが窓辺で丸くなったので、私も長椅子に腰を下ろしたところで、アルフレッドが入ってきた。


「お嬢様。教会の件で、ご報告がございます」


「分かったの?」


「はい。すべてではございませんが、今回の件が始まった経緯については、おおよその確認が取れました」


 私は開きかけていた本を閉じた。


「聞きますわ」


「新たな教会の建立について、教会側へ最初に話を持ち込んだ人物が判明いたしました」


「教会の方ではなかったの?」


「ございません」


「では、誰?」


 アルフレッドが答えた名前には覚えがあった。


 というより、忘れるはずがない。


「……セレイアを扱っている商人?」


「はい」


 私は瞬きをした。


 二年前、セレイアの需要が増え始めたころ、収穫量を増やし、湖の近くに加工場を建ててはどうかと提案してきた人物である。


 群生地を広げるつもりはないし、湖のそばに加工場を置くつもりもない。加工するなら、収穫した花を外の工房まで運べばいいと断った。


 それで話は終わったと思っていた。


「どうして、その方が教会を?」


「教会建立のためとして、まとまった額の寄進をしております」


「まあ」


 教会を建てるためのお金を、商人が出した。


 それだけなら、おかしなことではないのかもしれない。信仰のために寄進をする商人だっているだろう。


「それだけ?」


「いいえ」


 やっぱり、それだけではないらしい。


「寄進に際し、この地域への新たな教会建立について提案していたことも確認できました。また、建立後の教会運営について、地域の産物を利用した収入源を設ける案を示しております」


「地域の産物?」


「セレイアでございます」


 私は黙った。


 窓辺で寝ていたモフが、耳だけをぴくりと動かした。


「何をするつもりだったの?」


「教会の敷地内に、セレイアを処理するための施設を設ける案が出ております。乾燥や香油の下処理などを行い、そこで得られた収益の一部を教会の維持に充てる、という内容でございます」


 なるほど。


 ようやく全部がつながった。


 教会を建てる場所だけでは足りない理由。


 道だけでは足りない理由。


 庭や周辺の土地まで欲しがった理由。


 借りるのでは困った理由。


 そして、私が境界近くの土地を差し上げると言っても、すぐに受け入れなかった理由。


「セレイアの近くに、処理場を作りたかったのね」


「そのようでございます」


「教会の土地なら、私に許可を取らなくていいから?」


「少なくとも、寄進後の土地に教会が施設を設けることについて、お嬢様が土地所有者として許可を与える必要はなくなります」


 私は長椅子の背にもたれた。


 二年前の商談を思い出す。


 あのとき私は、湖の近くに加工場を作ることをはっきり断った。


 煙も出る。


 人や荷馬車の出入りも増える。


 廃水の問題だってある。


 何より、私はこの場所を気に入っていた。


 だから、花は運べても景色は運べないと言った。


「その方、私が加工場を断ったことは覚えていらっしゃるわよね?」


「もちろんでございます。あの際の商談にも本人が同席しております」


「そう」


 忘れていたわけではない。


 私の返事を知らなかったわけでもない。


 知っていて、別の方法を考えたのだ。


「教会は、そのことを知っていたの?」


「お嬢様が以前、湖周辺への加工施設建設を認めなかったことまで伝えられていたかについては、確認できておりません」


 そこは分けて考えた方がよさそうだ。


 教会が最初から事情をすべて知って協力したのか、それとも商人から都合のいい話だけを聞かされていたのかでは、話が違う。


「では、教会については引き続き調べてちょうだい」


「かしこまりました」


「でも、その商人については分かったわ」


 私は立ち上がった。


「お父様とお母様は?」


「旦那様は先ほどお戻りになりました。奥様とテラスでお茶を召し上がっておられます」


「ちょうどいいわね」


 モフも起き上がったので、一緒に連れていくことにした。


     ◇


 テラスへ行くと、お父様は少し不満そうな顔でお茶を飲んでいた。


「今日は釣れませんでしたの?」


「魚が警戒しているようだ」


 お母様が吹き出した。


「昨日も同じことを言っていましたわよ」


「昨日より今日の方が警戒していたんだ」


「お父様」


「なんだい?」


「教会の件で分かったことがありますの」


 お父様の顔から、釣りの話をしていたときの表情が消えた。


「聞こう」


 私はアルフレッドから聞いたことを、そのまま説明した。


 セレイアを扱う商人が教会へ寄進していたこと。


 この土地への教会建立を提案していたこと。


 教会の敷地内でセレイアを処理し、その収益を教会の維持に使う案があったこと。


 そして、その商人は二年前、私から湖周辺への加工場建設を断られていること。


 話を聞き終えても、お父様はすぐには何も言わなかった。


 お母様も笑っていない。


「レティ」


「はい」


「その商人は、二年前にお前が断ったあと、この件について改めて許可を求めてきたことは?」


「ありませんわ」


「条件を変えて再提案したことは?」


「ありません」


「教会を通して、この土地を取得しようとしていることについて、お前に説明は?」


「今日初めて知りました」


 お父様は頷いた。


「分かった」


 声は静かだった。


 けれど、私はこういうときのお父様を知っている。


 たぶん、かなり怒っている。


「あなた」


 お母様が呼びかける。


「あの商人、以前レティに増産を勧めていた方ですわよね?」


「ああ」


「私、覚えていますわ」


 お母様はカップを受け皿へ戻した。


「レティが喜ばないお金を増やしても仕方がないと、あのときお話ししましたもの」


「そうだったね」


「それでも諦めていなかったのね」


 お母様の声も穏やかだった。


 こちらも怒っているらしい。


「お父様」


「なんだい?」


「私、教会には建物を建てる土地なら無償で貸すと言いましたの」


「聞いているよ」


「借りるのでは困るというので、昨日は境界の土地なら差し上げてもいいとも言いました」


「ああ」


「それでも駄目みたいでしたわ」


 お父様は少しだけ目を細めた。


「当然だろうね。そこでは、この商人が欲しがっている加工場にならない」


「私も、そう思います」


 お父様はアルフレッドを見る。


「この商人との取引をすべて確認してくれ。ローゼンバーグ家との契約、出入りを認めている施設、それからセレイアに関係するものも全部だ」


「かしこまりました」


「確認が終わるまで、新しい取引は止める」


「はい」


 お母様が続けた。


「セレイアは別の商会へ任せられますわよね?」


「問題ないだろう。もともと生産量を増やすつもりはない。扱いたい商会はいくらでもある」


「では、変えましょう」


 私は二人を見た。


「もう決めるの?」


 お父様は私を見た。


「レティ。商人が利益を求めること自体は悪くない」


「ええ」


「一度断られた提案を、条件を変えて持ってくることも悪くない。その場合は、もう一度お前に話を持ってくればいい」


 それなら私も分かる。


 話を聞いて、嫌ならまた断るだけだ。


「だが、お前に断られたからといって、別の組織に土地を取得させ、その組織を通して同じことを実現しようとする商人を、我が家の御用商人として扱い続けることはできない」


 お母様も頷いた。


「お金を預ける相手には、信用が必要ですもの」


「はい」


「それに」


 お母様はにっこり笑った。


「うちの娘が嫌だと言ったのでしょう?」


「言いましたわ」


「なら、駄目です」


 とても分かりやすかった。


 お父様はアルフレッドへ、必要な確認が済み次第、その商人を公爵家の御用商人から外す手続きを進めるよう命じた。セレイアに関する取引についても同様に終了させ、今後は別の商会を選ぶという。


 もっとセレイアを扱いたかったはずなのに、これで今まで扱っていた分までなくなることになる。


 私は少し考えた。


「お父様」


「なんだい?」


「これ、私が何かすることはありますの?」


「ないよ」


「そう」


 それならよかった。


「では、お願いしますわ」


「ああ。任せなさい」


 話が終わったので、私はモフを抱き上げた。


 教会のことは、まだ少し残っている。


 けれど、少なくとも、どうして私の土地にこだわっていたのかは分かった。


 あとは大人に任せればいい。


「レティ」


 テラスを出ようとしたところで、お父様に呼び止められた。


「どこへ行くんだい?」


「湖ですわ」


「何をしに?」


「何も」


 お父様が一瞬黙り、お母様が笑った。


 夏休みなのだから、それでいいのである。

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