第27話 では、ここを差し上げますわ
教会へ返事を送ってから四日後、再び面会を求める手紙が届いた。
今度は前回とは別の司祭が来るという。
アルフレッドによれば、前に訪れた司祭よりも教会内で上の立場にある人物らしい。
「わざわざいらっしゃるの?」
「直接ご説明したいとのことでございます」
「そう」
私は少し考えた。
こちらの条件は、もう十分に伝えてある。
教会を建てる場所なら無償で貸す。道も通っていいし、必要な設備があれば、その都度相談にも応じる。
それでも借りるのでは困るというのなら、今度こそ何が必要なのか聞いてみればいい。
「では、お会いしますわ」
「かしこまりました」
「でも、今度は地図を用意しておいてちょうだい」
「地図を、でございますか?」
「ええ。私の土地と、お父様の土地の境が分かるものを」
アルフレッドは一瞬だけ私を見たあと、いつものように一礼した。
「承知いたしました」
◇
翌日の午後、教会から二人の使者がやってきた。
一人は四十代ほどの司祭で、もう一人は前回とは別の書記だった。
挨拶を終えて席につくと、司祭はまず、これまで何度も同じお願いを重ねたことについて丁寧に詫びた。
「レティシア様より大変ありがたいご提案をいただいていることは、我々も十分に承知しております」
「では、借りてくださるの?」
「いえ。本日は、その件について改めてご説明に参りました」
やはり借りないらしい。
司祭は、教会というものは何十年、何百年とその土地にあり続けるものであり、将来にわたって信徒のために使われる場所だからこそ、可能であれば教会自身が管理できる土地に建立したいのだと説明した。
以前の手紙に書かれていた内容と、それほど変わらない。
「でも、借りている土地に建っている教会もありますわよね?」
「……はい。ございます」
「長く使われているところも?」
「ございます」
「でしたら、借りた土地では教会を続けられないということではありませんわね?」
「もちろん、そのような意味ではございません。ただ、可能であれば寄進という形が望ましいと――」
「分かりましたわ」
司祭が言葉を止めた。
私はアルフレッドを見る。
「地図を」
「はい、お嬢様」
アルフレッドが用意していた地図を机の上に広げる。
湖を中心に、別邸や集落、森、街道へ続く道が描かれ、その外側には私の所有地と公爵家の土地との境界が示されていた。
私は地図を眺め、開けた側にある境界付近を指した。
「では、ここを差し上げますわ」
司祭が地図へ目を落とした。
「……こちらを、でございますか?」
「ええ」
私が指した場所は、所有地の端に近い平地だった。
山の中でもなければ、崖でもない。建物を建てられないような場所でもない。
何より、そのすぐ先はお父様の土地である。
「借りるのでは困るのでしょう?」
「はい」
「でしたら、ここは寄進いたします。教会の土地としてお使いくださいませ」
これなら、先方がこれまで言っていた問題はなくなるはずである。
教会自身が所有できる。
何十年先でも使える。
私から返してほしいと言われる心配もない。
ところが、司祭はすぐには答えなかった。
「何か問題がございますの?」
「いえ。ただ……新たな教会を建立するのであれば、ある程度の広さが必要となります」
「どのくらい?」
「礼拝堂だけではなく、今後の活動も考えますと、周辺を含めて余裕のある土地を確保しておくことが望ましく――」
「でしたら、お父様にお願いなさって?」
司祭が顔を上げた。
私は地図の境界線の向こう側を指した。
「こちらはお父様の土地ですわ。ローゼンバーグ公爵領は広いですから、もっと土地が必要でしたら、お父様とご相談なさればよろしいでしょう?」
「それは……」
「広さが必要なのでしょう?」
「はい。しかし我々といたしましては、できましたらレティシア様がお持ちの土地の中で――」
「なぜ?」
司祭が黙った。
私は急かさず返事を待った。
広い土地が必要なら、お父様の土地がある。
自分たちで所有したいなら、私が今示した土地を寄進すると言っている。
教会を建てるための条件は、これで満たせるはずだった。
「この場所では、何か問題がありますの?」
「新たな教会は、できるだけ多くの方が訪れやすく、また地域の信仰の中心となる場所に建立することが望ましいと考えております」
「でしたら、なおさら街道に近いお父様の土地の方がよろしいのではなくて?」
「……」
また返事がなくなった。
この土地は三方に山があり、開けている側から道が外へ続いている。湖や森を眺めるにはとても良いけれど、大勢の人を集める場所として考えるなら、もっと便利なところはいくらでもある。
「わたくしがお譲りしてもよい土地はこちらです」
私はもう一度、先ほどの場所を指した。
「ここでは狭いとおっしゃるのでしたら、わたくしから差し上げられる土地はございませんわ」
「レティシア様、我々は決して無理に土地を求めようとしているわけでは――」
「ええ。ですから、無理なものはお断りしております」
私は別に怒っていない。
欲しいと言われたから、嫌だと答えた。
それでも必要だと言われたから、建物を建てる場所なら貸すと答えた。
借りるのでは困ると言われたから、今度は私が手放しても構わない場所を差し上げると言った。
それでも違うという。
「教会を建てる場所が必要なのでしたら、今お示しした土地をどうぞ。もっと広い土地が必要なのでしたら、お父様へご相談くださいませ」
そこで一度言葉を切り、司祭を見る。
「それ以外の私の土地は、差し上げませんわ」
司祭はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……本日の件も、一度持ち帰らせていただいてよろしいでしょうか」
「もちろん」
また持ち帰るらしい。
これで何度目だろう。
もっとも、私は困らないので構わない。
教会の二人が帰ったあとも、地図は机の上に残されていた。
私は椅子に座ったまま、それを眺める。
「アルフレッド」
「はい」
「変ね」
「何がでございましょう」
「私の土地なら、どこでもいいわけではないみたい」
最初は、私が所有している土地だから欲しいのだと思っていた。
けれど、今示した場所にはすぐに頷かなかった。
借地では困る。
狭い場所では困る。
境界近くでも困る。
それなら、お父様の広い土地を使えばいいと言っても、それではなく私の土地を求める。
「場所まで選んでいるのね」
「その可能性が高いかと存じます」
「どこが欲しいのかしら」
「それにつきましては、現在調べております」
「そう」
私は地図の中央にある湖へ目を向けた。
湖の周囲には別邸があり、森があり、集落があり、少し離れた湿地にはセレイアの群生地がある。
どれを欲しがっているのかは分からない。
そもそも、そのどれかなのかさえまだ分からない。
けれど、少なくとも一つだけ確かになった。
教会は、ただ土地が欲しいわけではない。
私の土地の中の、どこかが欲しいのだ。




