第26話 借りるのでは駄目なのですか?
教会から返事が届いたのは、それから三日後だった。
その日は朝から少し雲が多く、湖の向こうに見える山も、いつもより輪郭がぼんやりしていた。
雨が降るかもしれないというので遠出はせず、私は別邸の居間でモフと過ごしていた。
窓辺の長椅子に寝転がり、本を読んでいると、アルフレッドが一通の封書を持って入ってきた。
「お嬢様。教会からお返事が届いております」
「貸す件について?」
「はい」
私は本に栞を挟み、体を起こした。
「何と?」
「こちらを」
差し出された手紙を受け取り、封を開ける。
前回と同じく、丁寧な言葉が並んでいた。
先日の提案に対する感謝から始まり、地域の信仰についての話が続き、教会が長く人々の祈りを支える場所であることが書かれている。
そこまではいい。
問題は、その先だった。
『教会は一時的な施設ではなく、将来にわたり信徒の心の拠り所となるべき場所でございます。その恒久性と独立性を保つためにも、借り受けた土地ではなく、教会が自ら管理する土地に建立することが望ましいものと考えております』
私はそこで読むのを止めた。
「アルフレッド」
「はい」
「借りている教会もあるのよね?」
「ございます」
「無償で借りているところも?」
「はい」
もう一度、手紙を見る。
「では、その教会は恒久的ではありませんの?」
「少なくとも、長年にわたり礼拝の場として使用されている教会はございます」
「独立性は?」
「借地であることを理由に、教会として認められていないという事実もございません」
「そう」
私は続きを読んだ。
『また、教会は礼拝の場のみならず、地域における信仰活動の中心として、将来的な発展も見据えて整備していく必要がございます。そのため、建物の敷地だけではなく、周囲を含めた一定の土地をご寄進いただくことが望ましいと――』
また止まった。
「将来的な発展ですって」
「左様でございますね」
「何をするのか書いてある?」
「いいえ」
「どのくらいの土地が必要なのかは?」
「記されておりません」
私は手紙を裏返した。
何もない。
もう一度表へ戻して、残りを読む。
やはり具体的なことは書かれていなかった。
「必要になったら、そのとき貸すと言いましたわよね?」
「お伝えしております」
「庭が必要なら用途と広さを聞く。馬車を停める場所が必要なら、必要になったときに相談する。それも?」
「すべてお伝えしております」
「それでも、先に土地が欲しいのね」
「そのようでございます」
不思議である。
私は教会を建てるなとは一度も言っていない。
建物の敷地は無償で貸すと言ったし、道を通ることも認めた。ほかに本当に必要なものが出てくれば、その都度相談すればいいとも伝えている。
それなのに、教会は建物より先に、使い道の決まっていない土地まで欲しがっている。
「アルフレッド」
「はい」
「借りている土地に建っている教会は、必要なことをするたびに土地の持ち主へ許可を取るの?」
「契約の内容によりますが、借り受けている範囲を超えて土地を使用するのであれば、当然、所有者との協議が必要となります」
「そうよね」
人の土地なのだから当然である。
私はもう一度、手紙の一文を読んだ。
将来的な発展。
周囲を含めた一定の土地。
教会が自ら管理する土地。
「……もしかして」
「はい?」
「私に聞かずに使える土地が欲しいのかしら」
アルフレッドはすぐには答えなかった。
「教会側の意図について断定はできませんが、今回の書面だけを見れば、将来的な利用について所有者の許可を必要としない形を望んでいる、と読むことはできます」
「やっぱり」
それなら、借りるのでは困る理由も分かる。
ただし、それは教会の都合であって、私が土地を差し出す理由にはならない。
「でも、それならもっと分からないわ」
「何がでございましょう」
「どうして私の土地なの?」
公爵領には、ほかにも土地がある。
お父様に頼めばいい。
少なくとも、教会を建てる場所がなくて困るような領地ではない。
「自分たちで自由に使える土地が欲しいのなら、お父様に寄進をお願いしても同じでしょう?」
「左様でございます」
「でも、お願いしていない」
「確認できた範囲では、一度も」
私は手紙を机の上へ置いた。
慣例だから。
恒久的な教会にするため。
独立性を保つため。
将来の発展のため。
理由はいくつも書いてある。
けれど、そのどれもが、私の土地でなければならない理由にはなっていない。
「このお返事、どういたしましょう」
アルフレッドに尋ねられ、私は少し考えた。
「もう一度、同じ条件を伝えてちょうだい」
「無償での貸与でございますね」
「ええ。それから、借りた土地に建っている教会が実際にあることも、こちらは承知していると」
「かしこまりました」
「将来、何か必要になったら相談には応じます。でも、何に使うかも決まっていない土地を、先に差し上げるつもりはありません」
「そのようにお伝えいたします」
これで困るのなら、今度こそ理由を説明してもらえばいい。
教会を建てたいからでは足りない。
祈りの場が必要だからでも足りない。
それらは、こちらが提示した条件で実現できる。
「それと、調べてもらっている方は?」
「続けております。まだ確かなことは申し上げられませんが、もう少々お待ちください」
「分かったわ」
アルフレッドが手紙を持って退出すると、私は長椅子へ戻った。
途中になっていた本を開く。
けれど、数行読んだところで窓の外が急に暗くなり、ほどなくして雨粒が硝子を叩き始めた。
その音に気づいたモフが、絨毯の上からこちらを見上げる。
「降ってきたわね」
「きゅう」
「今日はお昼寝日和ね」
モフが長椅子へ飛び乗ってきたので、場所を空けてやる。
教会が何を欲しがっているのかは、まだ分からない。
けれど、一つだけはっきりしてきた。
教会を建てるだけなら、私の提案で何も困らない。
それでも困るというのなら。
きっと、教会が欲しいものは別にある。




