第24話 土地は差し上げません
三通目の手紙が届いてから二日後、教会から使者が訪れた。
アルフレッドに調べてもらっている最中ではあったが、先方から直接話をしたいとの申し出があったらしい。
断ってもよかった。
けれど、三度も同じ土地を欲しいと言ってくる理由については、私も少し気になっている。
何より、手紙を何通も往復させるより、一度話を聞いた方が早い。
「では、お会いしますわ」
「よろしいのでございますか?」
「ええ。ただし、お茶の時間までには終わらせたいわ」
「承知いたしました」
大切な夏休みである。
用事は手短に済ませるに限る。
◇
応接室へ入ると、教会から来た二人の男性が立ち上がった。
一人は年配の司祭で、もう一人は書記らしい若い男性だった。
挨拶を交わして席につくと、年配の司祭は穏やかな笑みを浮かべた。
「このたびは、お時間をいただきありがとうございます、レティシア様」
「いいえ。それで、土地のお話でしたわね?」
長い前置きが始まる前に本題へ入る。
司祭は一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに頷いた。
「はい。先の書状でも申し上げました通り、この地域に、より多くの方々が祈りを捧げられる新たな教会を建立したいと考えております」
「今ある礼拝堂では足りませんの?」
「現在の礼拝堂は小規模なものでございます。今後、この地域がさらに発展することを考えますと、より大きな祈りの場を設けることには大きな意味があるかと」
今のところ、集落から困っているという話は出ていない。
けれど、将来を考えて大きな教会を建てたいという話なら、分からなくもない。
「でしたら、建物はどのくらいの大きさになる予定ですの?」
「はい?」
「教会です。何人くらいが入れて、建物はどのくらいの大きさになりますの?」
司祭は隣の書記と顔を見合わせた。
「具体的な設計につきましては、土地をお譲りいただいた後に検討することになるかと存じます」
「そうですの」
少し妙な話である。
必要な建物の大きさも決まっていないのに、先に土地だけ欲しいらしい。
もっとも、順番については教会なりの事情があるのかもしれない。
私はそこで追及せず、別のことを尋ねた。
「では、こういたしましょう」
「はい」
「教会を建てる部分の土地を、お貸ししますわ」
司祭の笑みが止まった。
「……お貸しいただく、と?」
「ええ」
何かおかしなことを言っただろうか。
「皆様が必要なのは、祈りを捧げるための教会なのでしょう? でしたら、建物を建てるために必要な範囲をお貸しすれば足りますわよね」
「しかし、我々がお願いしておりますのは、土地のご寄進でございまして」
「存じておりますわ」
だから断っているのである。
「土地そのものを差し上げるつもりはありません。でも、地域の方々のために新しい教会が必要だとおっしゃるのでしたら、建物を建てる場所についてはお貸ししても構いません」
私は少し考えてから付け加えた。
「賃料も必要ありませんわ」
「……無償で、ということでございますか?」
「ええ。祈りの場なのでしょう?」
これなら教会側に費用もかからない。
土地を買う必要もなければ、賃料を払い続ける必要もないのだから、新しい教会を建てたいという目的には十分なはずである。
ところが、司祭はすぐには頷かなかった。
「お気遣いは大変ありがたいのですが、教会を建立するとなりますと、建物だけというわけには参りません」
「と、おっしゃいますと?」
「信徒の方々が行き来するための道も必要となりますし――」
「通行していただいて構いませんわ」
「……はい?」
「道を使うことを認めればよろしいのでしょう? 土地そのものを差し上げる必要はありませんわよね」
司祭が黙った。
「ほかには?」
「遠方より礼拝に訪れる方のため、馬車を停める場所なども必要になるかと」
私は首を傾げた。
「遠方から?」
「はい」
「この地域に暮らす方々の信仰生活を充実させるための教会ではありませんでしたの?」
「もちろん、それが第一の目的でございます。ただ、教会が建立されれば、ほかの地域から訪れる信徒も――」
「なるほど」
それなら馬車を停める場所が必要になることもあるのだろう。
「必要になりましたら、その場所の使用についても相談しましょう」
「使用、でございますか」
「ええ」
どうして先ほどから、そんなに不思議そうな顔をされるのだろう。
「建物を建てる場所は無償でお貸しします。道は通っていただいて構いません。馬車を停める場所が必要なら、そのための場所を使えるようにすればよろしいでしょう?」
「ですが、教会の周囲にもある程度の土地が必要でして」
「何にお使いになりますの?」
今度は、返事がすぐには返ってこなかった。
私は急かさず待った。
「教会というものは、建物だけで成り立つものではございません。周囲の環境も含め、神に祈りを捧げるに相応しい場所を整える必要がございます」
「そうですの」
それなら、その必要なものを一つずつ聞けばいい。
「お庭が必要なのですか?」
「それも含まれます」
「どのくらい?」
「それは今後――」
「では、必要になってから相談しましょう」
また司祭が黙った。
私はますます分からなくなってきた。
祈りの場が欲しいというから、教会を建てる場所は貸すと言っている。
道を通りたいなら、通って構わない。
馬車を停めたいなら、必要な場所を使えるようにする。
庭が必要なら、その広さと用途を聞いてから考えればいい。
何一つ、教会を建てる邪魔はしていない。
むしろ、土地代も賃料も取らないのだから、かなり良い条件ではないだろうか。
「一つ、お尋ねしても?」
「もちろんでございます」
「祈りは、土地を所有していなければできないものなのですか?」
司祭が目を瞬いた。
「……いいえ。もちろん、そのようなことはございません」
「そうですわよね」
それなら、やはり分からない。
「教会を建てる場所はお貸しします。必要な通行も認めます。それでも土地そのものを寄進してほしいとおっしゃるのは、なぜですの?」
司祭はしばらく黙ったあと、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「教会の建立に際して土地をご寄進いただくことは、古くから行われてきた慣例でございます」
「慣例」
「はい。多くの貴族の方々にも、そのような形で信仰へのご理解を示していただいております」
なるほど。
そういうものなのかもしれない。
けれど。
「皆様がそうなさっていることと、わたくしが土地を差し上げることに、何か関係がございますの?」
また、沈黙が落ちた。
「わたくしは教会を建ててはいけないとは申し上げておりませんし、祈ることを止めるつもりもございません。必要だとおっしゃるものについては、こうしてお貸しすると申し上げています」
そこまで言ってから、私は机の上で手を重ねた。
「でも、土地そのものは差し上げませんわ」
「レティシア様……」
「だって、嫌ですもの」
難しい話ではない。
前の人生では、必要だから、仕方がないから、自分がやった方が早いからと、ずいぶん色々なものを引き受けた。
けれど、今の私は違う。
必要なものなら必要なだけ。
協力できることなら協力できるだけ。
その先まで差し出す理由はない。
「教会を建てるために必要なものと、教会が欲しいものは、同じではございませんでしょう?」
司祭は答えなかった。
やがて、隣に座っていた書記と短く言葉を交わすと、こちらへ向き直った。
「……本日のご提案につきましては、一度持ち帰り、上の者と相談させていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんですわ」
「ありがとうございます」
話が終わったらしい。
私はアルフレッドを見る。
「アルフレッド」
「はい、お嬢様」
「お茶を淹れ直してちょうだい。冷めてしまいましたわ」
「かしこまりました」
教会の二人が帰ったあと、私は新しく淹れてもらったお茶を飲みながら、窓の外の湖を眺めた。
教会を建てたいというのなら、建てればいい。
祈りたいのなら、祈ればいい。
ただし。
私のものを渡すかどうかを決めるのは、私である。




