第17話 十二歳、街でお茶をしばく
週末を控えた金曜日の昼休み。
いつもの中庭の丸テーブルで昼食を終えたあと、エミリー様が少し遠慮がちに口を開いた。
「あの、レティシア様。もし今週末のご予定が空いておられましたら……明日、一緒に王都の市街へお出かけなさいませんか?」
「まあ、街へ?」
「はい。ソフィア様と、新しい季節のリボンや髪飾りを見に行こうと話していたのですけれど」
「もしよろしければ、レティシア様もご一緒にと思いまして」
二人が私の返事を待っている。
公爵令嬢を気軽な街歩きへ誘ってよいものか、少し迷っていたのかもしれない。
だが、私にとっては悩む余地すらない提案だった。
「行きますわ」
「……え?」
「ぜひご一緒させてちょうだい」
前世では、休日に出かけようと思っても、帰宅後の家事を考えれば腰が重くなることも多かった。
しかし、今の私にはその心配がない。
身体は十二歳。
家事はしなくていい。
疲れたら帰って休めばいい。
しかも、友人と街へ遊びに行くのである。
行かない理由がどこにあろうか。
「まあ……! 嬉しいですわ、レティシア様!」
「ふふ、楽しみですわね。どこか美味しいお菓子のお店も教えてくださる?」
「あります! 中央通りの近くに、果実のタルトがとっても美味しいお店があるんです!」
「では、そこにも行きましょう」
こうして、私の週末の予定はあっという間に決まった。
◇
翌日。
護衛の騎士たちには少し離れてついてもらい、私たちは王都の市街へ出かけた。
石畳の両脇には、洋品店や小間物屋、菓子店などが軒を連ねている。
学園と屋敷を往復する毎日とは違い、通りには大勢の人が行き交い、あちらこちらから店員の呼び声が聞こえていた。
「見てください、レティシア様。このリボン、レースが細かくて可愛いですわ」
「こちらの耳飾りも素敵です。光にかざすと色が変わるんですって」
小間物屋へ入るなり、エミリー様とソフィア様は目を輝かせた。
二人は鏡の前で、
「こちらの薄紅色も可愛いけれど……」
「水色の方が、持っているドレスには合わせやすいのではなくて?」
と真剣に相談している。
その横で、私も並べられた髪飾りを眺めた。
小さな青い石をあしらった銀の髪留め。
鳥の羽を模した細工の髪飾り。
どちらも可愛い。
髪を編み下ろした日にも使えそうだし、まとめたときにも合いそうだった。
「こちらと、こちらをいただくわ」
「かしこまりました」
店員が二つを取り分ける。
「こちらの金糸をあしらった花飾りも、今季とても人気がございますが、いかがでしょう?」
勧められた品を見る。
華やかではある。
けれど、欲しくはない。
「それは結構ですわ」
「かしこまりました」
欲しいものは買う。
欲しくないものは買わない。
とても簡単なことである。
「レティシア様、お買い物が早いですわね」
エミリー様が感心したように言った。
「気に入ったものを見つけたのですもの。迷う必要はありませんわ。お二人は決まりまして?」
「私は、こちらの水色にします」
「私は硝子の耳飾りに決めましたわ」
二人とも、先ほどまで散々悩んでいた品を大事そうに受け取っている。
その顔を見れば、気に入ったものを選べたことはすぐに分かった。
「次は、あちらのお店も見てみません?」
「行きましょう」
今日は遊びに来たのだ。
時間はたっぷりある。
◇
何軒か店を回ったあと、私たちはエミリー様おすすめの店へ入った。
通りに面した席へ座ると、ほどなくして季節の果物を使ったタルトと紅茶が運ばれてくる。
「ここのタルト、美味しいんです」
エミリー様が嬉しそうに言った。
フォークを入れて、一口。
さくりとした生地に、甘酸っぱい果物とクリームがよく合っている。
「ええ。美味しいわ」
「でしょう?」
「私も好きです。来るといつもこれを頼んでしまいますの」
ソフィア様もタルトへフォークを入れる。
「では、次に来ても同じものを頼みましょうかしら」
「ほかにも美味しいものがありますわよ?」
「それでは困りますわね」
三人で笑った。
それからは、学園の授業のことや、最近読んだ本のこと、街で見かけた変わった帽子のこと。
本当に、どうでもいい話ばかりだった。
けれど、それが楽しい。
十二歳の身体で友人と街を歩き、可愛いものを見て、美味しいものを食べて、くだらない話をして笑う。
前世ではもう、とっくに通り過ぎてしまった時間だ。
今世では、これからいくらでも楽しめる。
「……若いって素晴らしいわねえ」
「え?」
「レティシア様?」
二人が揃ってこちらを見た。
しまった。
「何かおっしゃいました?」
「いいえ」
私は何事もなかったように紅茶を持ち上げた。
「こちらのタルト、本当に美味しいですわね」
「ですよね!」
エミリー様の意識は、すぐにタルトへ戻った。
危ないところだった。
十二歳の令嬢が口にするには、少々渋すぎる。
◇
夕方。
寮へ戻ると、アリアが買ってきたものを一つずつ机へ並べていた。
「ずいぶん楽しまれたようでございますね」
「ええ。とても」
髪飾りが二つ。
ほかにも、気に入って買った小物がいくつか。
どれも必要だったわけではない。
欲しかったから買った。
それでいい。
「また行きたいわ」
「エミリー様とソフィア様と、でございますか?」
「ええ」
答えながら椅子へ座ると、待っていたモフが当然のように膝へ乗ってきた。
「きゅう」
「ただいま、モフ」
柔らかな毛を撫でながら、私は今日一日を思い返した。
勉強も面白い。
領地のことを考えるのも嫌いではない。
けれど、可愛いものを買って、美味しいものを食べて、友人と笑う一日もいい。
せっかくもう一度、十二歳をやっているのだ。
楽しまなければ、もったいない。
「次は、どこへ行こうかしらね」
モフは答える代わりに、私の膝の上で丸くなった。




