後輩の視線と、すれ違うおもてなし
翌日。
【エクストラヒール】
さらに翌日。
【エクストラヒール】
またまた翌日。
【エクストラヒール】
今日も朝になると純潔をとり戻すエルフレイデ様。
「っ、ふぅ。今日も素晴らしいお仕事でしたわ、カイル」
朝の光が差し込む中、エルフレイデ様は乱れた金髪を指先で整え、完璧な筆頭聖女の微笑みを浮かべて部屋を出ようとしていた。
その足取りは羽のように軽く、肌には内側から発光するような艶がある。
一晩中、俺に汚れを叩きつけ、代わりに俺のサービスを全身に浴びた結果、彼女の精神状態はかつてないほどホワイト企業並みにクリーンになっていた。
だがある日の夜、この部屋の扉に結界でカギを掛けた瞬間、彼女の背中がぴくりと震えた。
「ん?どうしましたか、聖女様。なにか忘れ物でも」
「いえ、そんな事より…ねえ、昼間に誰かここに来なかったかしら?」
エルフレイデ様が、不安げに扉の外の気配を伺う。
「誰かって、老司祭たちのことですか?」
「違うわよ…昨日の朝、扉の外から微かに声が聞こえたの…『私も浄化奴隷、買わなきゃ』なんて、独り言が」
「…ほう」
どうやら、朝帰りの聖女様がスッキリした顔でゴミ箱の部屋から出てくるのを、神殿の誰かに見られたらしい。
それも、同じように心の汚れに悩む、聖女予備軍の誰かに。
「まあ、そんな事は置いておいて。さあ、聖女様。今日も元気にサンドバッグから始めましょうか!」
「え?」
エルフレイデ様が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
俺はテキパキと上半身の服を脱ぎ捨て、筋肉を誇示するように構えて見せた。
「どうしましたか?昨夜は最後、だいぶ腰にキテいましたよ…さあ、手に力を入れて、腰を使って打つ!ほら、打ってきてくださいよ!俺の腹筋、まだ全然余裕ありますから!」
「…は?」
「ほらほら、明日の公務の前にストレスを出し切らないと!癒やしの前にゴミ箱の破壊。これが俺たちの基本ルーチンでしょう?」
俺は前世の新人教育を思い出しながら、熱血指導のトーンで彼女を鼓舞した。
昨夜も、あれほど濃密に愛し合った仲だ。
だからこそ、仕事の質を落とすべきではない。
公私混同はブラック環境への第一歩だ。
だが、エルフレイデ様の反応は、俺の予想とは全く異なるものだった。
彼女の肩が、小刻みに震え始める。
「…なんで…」
「え?」
「なんで、そんなこと言うのよ!私の身体…あんなに…あんなに感度も良かったでしょ?あんた…わたしのどこが、不満なのよ…っ!」
「え?いや、聖女様?え?」
「私は…私はもう、あんたを殴るような汚れなんて、欠片も残ってないのよ!今はただ…優しく、抱きしめてほしいだけなのにっ!」
彼女の碧眼に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
どうやら彼女にとって、昨夜までの情事は業務の延長ではなく、完全に恋へのスライドだったらしい。
対する俺は、まだ最高のサービスを提供し続ける社畜のままだった。
「…カイルのバカぁっ!!」
バチンッ!!
目の醒めるような平手打ちが、俺の頬に炸裂した。
魔法強化こそされていないが、彼女の全感情がこもった、今日一番の重い一撃。
俺は横を向いた顔をゆっくりと戻し、ジリジリと熱を持つ頬を指でなぞった。
「っ…おっ、いいビンタだ…今の、今の腰の入れ方ですよ、聖女様!その調子で次も…」
「もう知らないわ!この社畜脳!!」
バチ~ン!
反対側の頬にも、もう一撃入れ、エルフレイデ様は顔を真っ赤にして、部屋を飛び出していった。
バタンッ、と盛大に扉が閉まる。
…おかしいな。ノルマ以上のサービスを提供したつもりだったんだが。
…接客業ってのは、難しいもんだな。
俺は赤く腫れた頬をさすりながら、結界が再び張られた扉を見つめた。
その扉の向こう、廊下の影で。
「…今の音、凄かったわ…聖女様にあんな顔をさせるなんて…あのサンドバッグ男…『当たり』ね」
と、誰かがゴクリと唾を呑み込んだ音には、まだ気づいていなかった。




