不眠不休の魔道具都市と朝帰りの代償
「…行ってしまうのね、カイル。最後の我が儘として、エルフレイデから一晩だけ貴方を借りたけれど…やっぱり、あの大聖女から貴方を完全に奪うまではいかなかったみたいね?」
国境へ向かう馬車の前。
闇の国の筆頭聖女モルガナは、名残惜しそうに俺のネクタイを整えながら、妖艶に微笑んだ。
一晩借りた、と言っても、もちろん徹夜で溜まった穢れをデトックス(検品)しただけなのだが、そのやり取りが常軌を逸して濃厚だったのは否定できない。
「いえ、まあ、その…モルガナ様も、どうぞご自愛ください」
「ふふ、私もカイルみたいな素敵な旦那様探しをしようかしら?…でも忘れないでね、カイル。貴方に散々弄ばれたここだけは、ずーっと貴方の物なんだから♡」
「うぷぷっ♡」
モルガナが自身の豊満なダイナマイト(爆乳)を押し付けクスクスと笑う。
昨夜の甘美な感触が脳裏をよぎり、俺の鼻の下が不覚にも数ミリほど伸びてしまった、その時。
「なぁに蕩けた顔をしているのかしら?私のゴミ箱は!」
背後から、新調した黒のビジネススーツを着こなしたエルフレイデが、般若のような笑顔で俺の耳をギュッと引っ張った。
「痛っ!痛いですエルフレイデ!引っ張る力が大聖女のそれじゃないですって!」
「うるさい!朝帰りの夫が、他国の女(泥棒猫)の前でデレデレしてんじゃないわよ!さあ、行くわよ、次の出張先(新婚旅行)へ!」
モルガナに「フンッ!」と勝ち誇るようにメンチを切ったエルフレイデは、俺の腕を強引に抱きかかえ、馬車の中へと押し込んだ。
こうして、闇の国でのM&Aを終えた俺たちは、次なる悲鳴が上がる国へと向かった。
数日後。
馬車が到着したのは、大陸最大の商業・職人の国、『魔道具開発都市ギガテック』。
ここは世界中のドワーフや研究者が集まり、最先端の魔道具を開発する商業国家なのだが…一歩街へ足を踏み入れた瞬間、俺は前世のある記憶がフラッシュバックして目眩を覚えた。
街の至る所に掲げられたスローガン。
【24時間戦えますか?】
【納期は絶対、命は二の次】
【寝ている時間は、他国に遅れをとるロスタイム】
「うわぁ。何よこの国、誰も笑ってないじゃない。みんな目の下に信じられないくらいのクマを作って、フラフラ歩いてるわよ?」
エルフレイデ様がドン引きするのも無理はない。
行き交う職人や研究者たちは、カフェイン代わりの覚醒魔薬を片手に、呪詛のようなブツブツとした独り言を呟きながらゾンビのように歩いている。
シフト制など存在しない。
締め切り(納期)に追われ、年中無休・不眠不休で魔道具を作り続ける、前世の超ブラックITベンチャーも裸足で逃げ出す地獄のデスマーチ国家。
それがこの国の実態だった。
「なるほど。前世のバブル期の狂気と、現代の暗黒街が融合したような、最悪の職場環境(国)ですね」
俺が掛けてもいない眼鏡をクイと上げ、コンサルタントの顔になったその時。
「…ハァ、ハァ。あなたが、光の国から来た…伝説のタスク管理者(ゴミ箱)、カイル?」
神殿(開発本部)の奥から、一人の女性がフラフラと現れた。
油のついたツナギを着崩し、ボサボサの髪に大きな丸眼鏡をかけた、ダウナー系の天才技術聖女(チーフ開発者)だ。
彼女は今にも倒れそうな足取りで俺に近づくと、俺のスーツの胸ぐらをガシッと掴み、濁った目で上目遣いに見つめてきた。
「お願い。もう開発スケジュールが炎上して、仕様変更の連続で、誰も生きて帰れないの…私の専属の管理者(旦那)になって…二十四時間、私を(スケジュール的にも肉体的にも)管理してっ」
そのまま、過労による貧血で俺の胸の中にトスッと倒れ込んでくる天才職人聖女。
「ちょっとおおぉぉ!次の国に行ってもまたこれ(初対面で抱きつき)なの!?この国の開発部門ごと、光の魔法で強制シャットダウン(爆破)してあげましょうか!?」




