大聖女の強制シャンプー
「…お願い。開発スケジュールが炎上して、仕様変更の連続で、もう誰も生きて帰れないの…私の専属の管理者(旦那)になって…二十四時間、私を(スケジュール的にも肉体的にも)管理してっ」
俺の胸に倒れ込んできた、ダウナー系天才技術聖女。チェルシー。
ツナギから覗く華奢な身体は過労でガタガタ、丸眼鏡の奥の目は完全にハイになっている。
彼女は俺を優秀なタスク管理者だと認識するや否や、職権乱用でそのまま自分の開発室(私室)へ連れ込もうと、俺の腕を引っ張り始めた。
「ちょっとおおぉぉ!出張先が変わるたびに、どうしてこう私の旦那にベタベタ迫る女が現れるのよ!!」
エルフレイデ様の怒りの魔力が爆発する。
しかし、チェルシーは感情の起伏が薄い声で。
「…うるさい、光のうるさい大聖女。私は二十四時間、この人と密着して仕様を固めないと、次の納期に間に合わないの…」
と、俺の腕を離そうとしない。
「チェルシー様、落ち着いてください。そして現地の開発職人の皆さん、全員手を止めて、今すぐ魔導端末の電源を落としてください」
俺は掛けてもいない眼鏡をクイと上げ、部屋中に響く通る声で宣言した。
「これより当開発部門に、『週休二日制』および『毎日18時定時退社』のルールを導入します。本日はこれにて業務終了、全員強制解散です!」
「「「は、はぁぁぁぁぁ!?」」」
ゾンビのようだった職人たちから、驚愕の悲鳴が上がる。
「正気か!?二十四時間戦っても納期に間に合わないんだぞ!」
「休んだら開発が遅れる!」
と口々に猛反発してきた。
「非効率な長時間労働こそが、不具合を生み、開発速度を低下させる最大の原因です。前世のデスマーチプロジェクトでも、睡眠不足のプログラマーが書いたコードはゴミ(バグの塊)にしかなりませんでした。エルフレイデ、サポートをお願いします」
「任せなさい!カイルの言う通り、全員さっさと帰って寝なさい!そこ!仕事を持ち帰らない!」
いつの間にか、動きやすい職人風のタイトなツナギスーツに着替えたエルフレイデ様が、神々しい光の結界を展開。
職人たちを開発室から物理的に優しく押し出し、強制退社させていく。
「…信じられない。そんなホワイトなやり方、納期が爆発(炎上)するだけ…」
最後までデスクにしがみつき、俺のスーツの裾を掴んで抵抗するチェルシー。
「爆発しませんよ。その代わり、明日からは俺が『タスクの見える化』と『仕様固定』を行います。上層部からの理不尽な急の仕様変更は、コンサルタントである俺がすべて前線で突っぱねますから」
俺がそう言ってチェルシーの頭をポンと叩くと、彼女は丸眼鏡を曇らせながら。
「…あ、あなた、本当に有能なマネージャー…好きかも♡」
と、ボサボサの頭を俺の胸に擦り付けてきた。
その瞬間、背後から怒髪天を突いた大聖女の神聖魔力が、文字通りトップギアに入った。
「カ・イ・ル・に!色目を使ってんじゃないわよ、このバカ技術者が!!」
エルフレイデ様はチェルシーを俺から強引に引き剥がすと、手のひらに眩いばかりの純白の魔力を収束させる。
【アルティメット・ウォッシュ(強制浄化)】
「ひゃうんっ!?」
「徹夜続きで油まみれのそのボサボサ頭!私の光の魔法で、根性ごと綺麗さっぱり強制シャンプーしてあげるわ!!」
「あ、あぁ…頭が、光の魔力で超高速洗浄されて、トリートメントされていく…頭皮がホワイト企業になっちゃうぅぅ」
エルフレイデ様の超高出力の光魔法(シャンプー仕様)を頭から浴び、チェルシーはサラッサラのツヤツヤヘアーになりながら、その場で気持ちよさそうに気絶した。
翌日から、俺の鬼のプロジェクトマネジメントが始まった。
無駄な会議の全廃、タスクの徹底的な整理、そして理不尽な上層部の割り込み案件を俺が笑顔の論破で全てゴミ箱にポイ捨てした結果…
驚くべきことに、職人たちの頭脳が冴え渡り、開発速度が従来の三倍に跳ね上がった。
バグはゼロになり、効率が上がって生産性が倍増するという、この国始まって以来の大イノベーションが起きたのである。
「ふぅ。これで今期の納期は完璧にクリアですね」
夕方18時。
定時退社のベルが鳴る中、俺が書類をまとめると、チェルシーがサラサラになった髪を揺らしながら、またしてもトコトコと近づいてきた。
「…カイル、定時が過ぎた。これからは業務外…私のプライベートのスケジュール管理(夜間労働)も、お願いしていい?♡」
「いいわけないでしょ、この眼鏡女っ!」
職人スーツをキリッと着こなしたエルフレイデ様が、すかさず俺の腕をがっちりホールドして、チェルシーを睨みつける。
「定時後は、この私の、私の『独占有給休暇(新婚旅行)』の時間なのよ!さあ行くわよカイル、ホテルへ直帰よっ!!」
不眠不休のデスマーチ都市は、俺の社畜スキルで一瞬にしてホワイト化されたものの、エルフレイデ様の夜の残業(嫉妬)の炎だけは、二十四時間年中無休で燃え上がるのだった。




