再現性のない奇跡と、不純な居残り交渉
神殿ブレイク・ルームの導入により、闇の国の聖女たちのストレス値はみるみるうちに健全なホワイトゾーンへと突入していった。
人間を誰一人傷つけず、ただ物をブチ壊すだけで笑顔になれる。
そんな画期的なアミューズメント施設の誕生に神殿が沸き立つ中。
筆頭聖女モルガナが、ふと、もっともな疑問を口にした。
「ねぇ、エルフレイデ。ふと思ったのだけれど…貴女が例の『アルティメットヒール』とやらをこの国で使えば、こんな施設を作らずとも、闇の国を一瞬で全件浄化できたのではないかしら?」
ワイングラスを傾けながら首を傾げるモルガナ。
確かに、一国の大地すら書き換えるあの超広範囲・絶対浄化魔法があれば、闇の国のブラック環境など一撃で解決する。
しかし、エルフレイデ様はビシッと決めたスーツの腕を組み、気まずそうに視線を逸らした。
「…無理よ。あれ、今はもう使えないもの」
「え?大聖女になった貴女の魔力をもってしても?」
不思議そうに目を丸くするモルガナに、俺が代わりに仕様(設定)を説明する。
「モルガナ様。あの『アルティメットヒール』は、エルフレイデが死にゆく俺を絶対に救うという、魂の限界を超えた極限の感情。愛によって発動した、再現性のない単発の奇跡なのです。いわば、感情駆動型。システムとして定時運行(連発)できるようなシロモノではありません」
そう。
あれは、彼女が俺にすべてを捧げたからこそ起きた、一世一代の超魔法なのだ。
「な、何よカイル!本人の前でそんな、愛が重いみたいな言い方して…べ、別に、あんたが死にそうだったから、ちょっと本気出しただけなんだからねっ!」
顔を真っ赤にして、スーツの裾をぎゅっと握りしめるエルフレイデ様。
「様」抜きで説明した俺に一瞬喜びつつも、ツンデレの防衛本能が働いている。可愛い。
すると、その説明を聞いていたモルガナの目が、妖しくギラリと輝いた。
「あら…感情駆動、ねぇ?…じゃあ、こういうのはどうかしら?」
モルガナはグラスを置くと、しなやかな足取りで俺に近づき…
「じゃあ、今度は私がカイルを愛する極限の感情でアルティメットヒールを使えるようになるまで…カイルは私の部屋に、ずーっと『お泊まり(実技研修)』ね♡」
「ぶふっ!?」
次の瞬間、俺の視界は漆黒のドレスと、そこに収まりきらない圧倒的なダイナマイト(爆乳)によって埋め尽くされた。
ぎゅむぅぅぅ、と顔面を強烈に押し付けられ、甘い香りと弾力が俺の思考能力を停止させる。
「毎晩、ベッドの中でカイルにた~っぷり愛を注いでもらえば、私もすぐに奇跡の魔法に目覚めると思うの。ね?闇の国の未来のために、これも必要な『コンサルタント業務(夜間労働)』でしょう?♡」
「あ、いや、モルガナ様、それは流石に契約書の範囲外と言いますか、その、柔らか…ゲフン、不可抗力が…」
あまりの破壊力に、元社畜の鉄壁の理性が揺らぎ、つい鼻の下が数ミリほど伸びてしまう。
その瞬間!
役員室の温度が、一気に絶対零度まで吹き飛んだ。
「ば、バカァーーー!!何の為に大金はたいてあの施設を作ったのよ!!」
ドガシャアアアアアン!!
限界突破したエルフレイデ様が、怒りのあまり近くにあった老害司祭の高級デスクを素手で真っ二つに叩き割った。
「カイル!あんたもちょっと鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!モルガナ、その押し付けている物を今すぐうちの旦那から離しなさい!浄化してやる、跡形もなくアルティメットに浄化してやるわ!!」
「キャッ♡怖いお姉様が怒ったわ、カイル守ってぇ♡」
「エルフレイデ、落ち着いてください!業務時間外の器物破損は始末書の対象です、あとモルガナ様、本当に窒息するので一回離してっ!」
闇の国のホワイト化には成功したものの、俺のプライベートな職場環境は、二大聖女の嫉妬と誘惑によって、過去最高にハイパー・ブラック(ピンク)な修羅場と化していた。




