聖女様の扉の向こうでの葛藤
「…遅いな」
ベッドの端に腰掛け、俺は扉の結界を見つめる。
普段なら、エルフレイデ様は定時の時間に寸分違わず現れる。
彼女の性格上、俺という不浄を浄化する行為すら、神聖な義務のようにこなそうとするからだ。
だが、今日は違う。
部屋の扉、強力な結界が張られたその向こう側から、もう三十分以上、カツン♪カツン♪と規則的な足音が聞こえていた。
…行ったり来たりしてるな。まるで、最終面接の前に廊下で震えてる新卒生だ。
足音の主が誰かは、考えるまでもない。
この区画に立ち入れるのは、筆頭聖女である彼女と、限られた数人の老司祭だけだ。
「…っ…はぁ…いいえ、これは『仕事』なのよ…そう、汚れを溜め込むのは聖女としての職務放棄だわ…でも、あんな、あんな卑猥な男に…」
扉越しに、微かな話し声が漏れてくる。
どうやら、自分を納得させるための言い訳を絶賛構築中らしい。
「…でも、あいつが『特別残業』とか言うから…処女膜、ヒール、再生…っ!何を考えているの、私!あんなゴミ、ただの道具なのに…っ!」
…全部聞こえてるんだけど。
前世のブラック環境で培った上司の機嫌を足音と独り言で察知するスキルが、こんなところで役に立つとは。
彼女は今、昨日俺が提示した性的な浄化という選択肢を、倫理観と本能の狭間で天秤にかけている。
「…よし!…決めたわ…これは、聖女としての、新たな『試練』よ…そう、試練なのよ!…下着は上下…揃って…」
ようやく覚悟が決まったらしい。
バシッ、と自分の頬を叩いて気合を入れる音が聞こえた後、カチリと結界が解除される魔力音が響いた。
「…おはようございます、聖女様。ずいぶん長い現場の下見でしたね」
「っ! ……な、何を言っているの。私は、今日の浄化プランを精査していただけよ」
扉を開けて入ってきたエルフレイデ様は、いつになく髪が乱れ、その頬は不自然なほどに紅潮していた。
さらに、彼女の腕には昨日までは持っていなかった、小さな革製のカバンが握りしめられている。
「そのカバンは?今日のお仕事道具ですか?」
「だ、黙りなさい…貴方があまりにも頑丈だから、少し…そう、少しだけ趣向を変えてあげようと思っただけよ」
彼女は震える手でカバンを開けた。
中から取り出されたのは、神聖な魔力を帯びた、細くしなやかな鞭。
そして、どこか妖艶な光沢を放つ、未知の薬瓶だった。
「昨日、貴方は言ったわね。もっと直接、汚してほしいと」
「言いましたね」
「後悔させてあげる。貴方がその余裕な顔を歪め、私の足元で泣き叫んで許しを乞うまで…私は、何度でも貴方を『壊して』、そして『治して』あげるわ」
彼女の瞳には、昨日までの困惑を塗りつぶすような、暗くドロドロとした熱が宿っていた。
「…まずは、その服を脱ぎなさい…『検品』を始めてあげるから」
俺が服を脱ごうとすると。
聖女様の指先が、彼女のドレスの胸元へと伸びる。
その指は、隠しきれない期待と恐怖で、小刻みに震えていた。




