闇の国のブラック労務監査
「モルガナのところへ行くのは死んでも気に入らないけれど…カイルとの『初めての共同出張』なら、付き合ってあげるわ!」
そう宣言したエルフレイデ様は、いつもの純白のドレスを職人の手でビジネススーツ風に仕立て直させ、キリッとした表情で馬車に乗り込んだ。
やっていることは完全に出張なのだが、本人のモチベーションは新婚旅行そのものだ。
国境を越え、闇の国へと足を踏み入れた瞬間、俺たちの肌にまとわりつく空気が一変した。
俺の住む国は、先日のエルフレイデ様の『アルティメットヒール(極光の柱)』により、大地も民の心も完全にクリーンに浄化されている。
しかし、この国は違った。
行き交う人々に覇気はなく、どす黒いストレスを溜め込んでいるのが一目でわかる。
それを一身に引き受けて浄化している筆頭聖女モルガナ様、そして現地の聖女たちの負担がどれほど劣悪か、労務コンサルタントの俺には聞かなくても見えるほどだった。
「なるほど。これは想像以上の現場ですね」
「ええ。なんだか、見てるだけでイライラしてくる国ね」
不機嫌そうに腕を組むエルフレイデ様と共に、俺たちは闇の神殿の最深部へと向かった。
神殿の扉を開けると、モルガナ様が出迎えてくれた。
エルフレイデ様とは真逆の漆黒のドレス、そして相変わらずのダイナマイトボディは健在だったが…その目の下には深いクマが刻まれ、美貌はボロボロになっていた。
「遅いわよ、カイル。もう限界…早く私を『検品』して…」
モルガナ様は俺の姿を見るなり、縋りつくように胸に飛び込んできた。
吸い付くような蕩ける肌が、熱を帯びている。
「ちょっと!うちの看板社員(旦那)に、何気安く触ってくれてるのよ、この泥棒猫!」
すかさずエルフレイデ様が割って入り、モルガナ様を俺から引き剥がした。
仕事モード(スーツ姿)とはいえ、正妻の独占欲の結界は一ミリも揺るがない。
しかし、その争いを遮るように、部屋の奥から冷ややかな笑い声が響いた。
「ハッ、はるばる光の国から救援を呼び寄せたと思えば…そこの、ただの『ゴミ箱の男』が執行役員だと?笑わせるな」
現れたのは、豪奢な法衣に身を包んだ、闇の国の老害司祭たちだった。
彼女らは俺を鼻で笑い、傲慢に見下してくる。
「我が闇の国が抱える穢れは、光の国の比ではないのだ。年中無休で稼働しても追いつかん程の闇。それを、そんな若造のコンサルタントごときが救えるわけがなかろう」
「なっ、カイルはただのゴミ箱なんかじゃないわ!私の…」
エルフレイデ様が怒りに任せて魔力を解放しようとした瞬間、俺はそっと彼女の前に進み出た。
「エルフレイデ様。『社長』がわざわざ手を汚す必要はありません。ここからは実務担当の私の仕事です」
俺はいつもの完璧なビジネススマイルを崩さないまま、高級な革手袋をキュッと静かに、けれど力強くはめ直した。
前世で数多の理不尽なクライアントとブラック上司を冷徹に論破してきた、一流の社畜の目が、老害司祭たちを捉える。
「司祭様方。現場のキャパシティを無視した年中無休の稼働、および非効率な精神論によるタスクの押し付け…これらはすべて、我が社の基準では『即時監査対象』の違法労働です」
俺の全身から、かつてないほどの鋭いプロフェッショナルのオーラが立ち上る。
「それではこれより、当神殿の『労務監査』、およびモルガナ様を筆頭とした聖女たちの『強制デトックス』を開始いたします。皆さん、覚悟してください。我が社の改革は、少々『手荒い』ですよ?」
その冷徹な宣言に、老害司祭たちは一瞬で気圧され、モルガナ様はうっとりと目を見張り、そしてエルフレイデ様は「仕事中のカイル、やっぱり最高にカッコいいわ♡」と、一人別のベクトルで悶絶していた。




