役員就任と公私混同の禁止
「―以上の理由から、業務時間内における『呼び捨て』および『過度な肉体接触』は、神殿の規律維持の観点から禁止とさせていただきます、エルフレイデ様」
「それが気に入らないって言っているのよ、カイル!」
神殿の最高執行役員室。
新調された高級デスクを挟んで、俺、カイルは、目の前で怒り狂う大聖女エルフレイデ様と対峙していた。
あの過労死寸前の夜、俺を救うために純潔を捧げてくれた彼女は、俺を抱きしめて泣きながら「カイル」と呼んでくれた。
そして俺も、死の淵で初めて『様』を外し、一人の男として彼女の名を呼んだのだ。
あの感動の結婚式から数日。
甘い新婚生活が始まるかと思いきや、元社畜の俺は、役員に就任した瞬間に仕事モードのスイッチが完全にオンになってしまった。
「カイル、二人きりの時くらい『エルフレイデ』って呼びなさいよ!夜はあんなに…あんなに激しく名前を呼んでくれたじゃない!」
「それは『夜間労働』の話です。今は定時内、かつ俺は執行役員、貴女は神殿の最高経営責任者(大聖女)。部下に見られたら示しがつきませんよ。ほら、社長、書類が溜まっていますよ」
「むぅ~っ!社長って呼ぶな!私はあんたの妻なんだから!」
真っ赤になってデスクを叩くエルフレイデ様。
これまでのドSな暴君の面影はどこへやら、今の彼女は、夫にビジネスライクに対応されて寂しがっている新婚の少女そのものだった。
その時、役員室の扉がノックもなしに勢いよく開いた。
「大変ですわ、社長、執行役員カイル様!隣国の『闇の神殿』から、緊急の救済要請案件が舞い込みましたわ!」
入ってきたのは、秘書室長に就任したフィオナだ。
手には、真っ黒な蝋で封印された親書が握られている。
「闇の神殿…あの泥棒猫の国ね」
エルフレイデ様が途端に目を険しくする。
親書を開くと、そこには殴り書きのような文字で『モルガナ、再び魔力過多で自壊寸前。国中の聖女が過労死ライン突破。至急、カイルをコンサルタントとして派遣されたし』とあった。
「なるほど。完全なブラック環境によるシステムダウンですね」
俺は掛けてもいない眼鏡を指で押し上げる振りをしながら、プロの顔になる。
「エルフレイデ様。これは我が神殿の『国外事業展開』および『市場独占』の絶好の好機です。現地に赴き、闇の神殿の労務監査、およびモルガナ様の『デトックス(検品)』を行いましょう。視察を兼ねた、出張(新婚旅行)です」
「出張、ねぇ」
エルフレイデ様は不満そうに口を尖らせた。
「出張中も、あんたは私のことを『様』って呼ぶつもり?」
「当然です。出張先では我が神殿の『顔』として振る舞っていただきますから」
「…わかったわ。その代わり、現地に着いて、夜の『業務外』になったら…一秒ごとに『様』を抜いて、私の名前を百回呼びなさい。これは大聖女(社長)命令よ!」
「はは、善処します」
俺は苦笑いしながら、出張の準備を始めた。
やることは甘々な新婚旅行。
だが、向かう先は他国の地獄のブラック環境。
大聖女社長と、社畜コンサルタントの新婚・働き方改革が、今ここに幕を開ける。




