自己犠牲の少女の報われた努力
彼女を抱き寄せ、その汚れを吸い上げようとした瞬間、俺は愕然とした。
そこに澱んでいたのは、エルフレイデ様のような傲慢な欲望でも、フィオナさんのような歪んだ独占欲でもなかった。
それは、汚れではないと思い込むことで、壊れそうな心を守り続けてきた自己否定という名の呪いだった。
…ああ、知ってる。この感じ、嫌というほど見てきた。
思い出すのは、社畜時代の隣のデスクの同僚だ。
「自分がノロマだから残業になるんです」
「自分の出来が良くないから怒られるのは当然なんです」
……。
すべてを自分のせいにして、誰にも頼らず、自分を削り続けていた、あの背中。
「…うん。よく頑張ったね」
俺は彼女の細い肩を抱き、耳元で静かに、けれど一番欲しかった言葉を贈った。
「これだけ大勢の食事を毎日作るだけでも、気が遠くなるほど大変なことだ。それなのに、自分の睡眠時間まで削って、こっそりヒールの練習をしていただろう?本当に偉いよ。俺は、君を尊敬する」
「…っ!?」
少女の身体が、ビクンと跳ねた。
今まで誰にも気づかれず、誰にも評価されなかった、彼女の小さな努力。
「う、うわぁぁぁーん!!ほ、褒められたかった。頑張ってるって、認められたかったよぉー!!」
彼女は俺の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
堰を切ったように溢れ出したのは、どす黒い負念ではなく、温かくて、切なくて、報われなかった涙。
それが俺の中に流れ込み、彼女の心を柔らかく解きほぐしていく。
その様子を、背後で黙って見ていたエルフレイデ様が、小さく溜息をついた。
その瞳には、いつもの加虐的な光ではなく、同じ神に仕える者としての、奇妙な敬意が混じっている。
「私たちは席を外すわ。これは聖女としての『命令』よ、カイル。彼女の心の中まで、その溜まった汚れをすべて落としてあげなさい。いいわね?」
「はい、エルフレイデ様」
「ふん。今回だけは、貸しにしておくわよ」
エルフレイデ様はそう言い残し、フィオナとヒルダを促して部屋を出て行った。
扉が閉まる間際、フィオナが「優しくしてあげてね♡」とウィンクし、ヒルダが「見事な部下への対応だ」と頷いたのを、俺は見逃さなかった。
静かになった部屋。
泣き止み、顔を真っ赤にしている少女を、俺はベッドへ優しく横たえた。
「大丈夫、痛くしないから…」
「…はい」
彼女は震える手で俺のシャツを掴み、潤んだ瞳で俺を見上げた。
これは接待でも、取引でも、ゴミ箱としての業務でもない。
ただ、懸命に生きてきた一人の同僚への、精一杯の労い。
俺は彼女の中に残る最後のわだかまりを消し去るように、ゆっくりと、深く、彼女のすべてを包み込んでいった。




