聖女不在の職場と暗闇の差し入れ
エルフレイデ様、フィオナ、ヒルダの三人が、辺境の浄化遠征のために神殿を離れることになった。
「いい?カイル。浮気なんてしたら、帰ってきた時に今の百倍の汚れを叩き込んであげるからね!」
という、彼女たちらしい「いってきます」の挨拶を残して。
だが、彼女たちが神殿を出た瞬間、ホワイト職場は一変した。
「さて、あの女たちの『おもちゃ』はどこかな?」
老司祭たちによる、陰湿極まる嫌がらせという名のパワハラが始まったのだ。
ドアのすぐ外で鳴り止まない不快な金属音。
蛇口から出る水の停止。
魔力供給停止による暗闇。
そして、何より堪えたのは食事のストップだった。
…前世の徹夜明け、コンビニ弁当すら買いに行けなかった時を思い出すな。
三日間、蛇口からポタポタと垂れる水だけで過ごし、暗い部屋で横になっていたその時。
結界の隅、ネズミ一匹通れないはずの隙間から、小さな、本当に小さな光が漏れた。
「…あの、大丈夫ですか?」
それは、三人よりもずっと立場の低い、見習いの食料係の少女だった。
彼女の魔力では、結界を壊すことも、扉を開けることもできない。ただ、指先が入る程度の小さな隙間を作るのが精一杯だった。
「これ…食べてください。昨日の残りですけど、すごく固くて…ごめんなさい」
隙間から押し込まれたのは、石のように固い黒パンだった。
だが、空腹の俺がそれを一口噛み締めると、驚くほど温かい味がした。
今まで三人の聖女たちに与えられてきた、魔力のこもった高級な柔らかいパンなんかよりも、ずっと、ずっと…
「美味しいですよ。ありがとうございます」
俺は隙間から、彼女の指先にそっと触れた。
指先がわずかに重なる程度の、儚い接触。
だが、そこからは三人のような強烈な欲望(汚れ)ではなく、ただ純粋ないたわりと、他人を思いやる優しさが伝わってきた。
…ああ、心地いい。これが、普通の人間が交わす『触れ合い』だったっけ…
「君も、辛いんだろう?司祭たちにこき使われて。もし、汚れが溜まっているなら、俺に流したらいい。俺はこれでも、最高級のゴミ箱なんだ」
俺の提案に、彼女は隙間の向こうで、困ったように笑った気がした。
「いいえ、お気になさらず。私は、貴方がこうして食べてくれるだけで…聖女様たちが帰ってくるまで、どうか、負けないでください」
彼女はそう言うと、足早に去っていった。
後に残されたのは、指先に残る微かな温もりと、半分になった固いパン。
「ふ…ふっ…あはは」
俺は暗闇の中で独り、笑った。
老司祭たちがいくら嫌がらせをしようが、俺の心は一ミリも折れなかった。
あんな腐りきった権力者たちよりも、名前も知らない食料係の彼女の方が、よっぽど聖女に見えたからだ。
…いい取引先(聖女たち)を持つのも大事だけど、こういう『現場の味方』を大切にするのが、本当の社畜の処世術なんだよな…
俺は最後の一口のパンを大切に飲み込み、帰還した三人の聖女(騎士)たちに、この不当な待遇をどう報告してやろうか、ニヤリと笑いながら考え始めた。




