上司の無頓着
サウナでの極秘接待を終え、火照った身体をどうにか隠しながら部屋に戻ると、そこには優雅に紅茶を嗜むエルフレイデ様と、どこか楽しげなフィオナが待ち構えていた。
俺は、ずっと気になっていた業界の常識を確認してみることにした。
「あの、質問なのですが。騎士様も皆さん、聖女様と同じように純潔を守っているのでしょうか?」
「なっ!?貴公、いきなり何を(そ、それは機密事項のはずだろ!)」
背後でヒルダが目に見えて動揺し、甲冑の関節がガシャガシャと鳴る。
騎士団の鉄の掟…というより、彼女個人の処女(乙女)のプライドが悲鳴を上げているようだ。
「カイル、何を当然なことを。筆頭聖女であるこの私が、神に捧げる身として純潔を守っているというのに、私を守る騎士が不潔であっていいはずがないでしょう?」
「…(あ、この人、さらっと自分も未経験だって言ったよ)」
エルフレイデ様はドヤ顔だが、俺の在庫をあれだけ強引に受領しておきながら純潔と言い切るその面の皮の厚さ…いや、彼女の中では『浄化』という名の業務なのだろう。
俺は、隣で顔を真っ赤にしている部下の環境改善のため、あえて踏み込んだ。
「上司なら、ヒルダさんの疲れとかに気づいたら、ヒールをかけてあげたりしてます?彼女、かなり肩とか凝ってるみたいですよ。たまにはエクストラヒールなんて…」
「カイルは何を言っているのだ!騎士には予備のポーションが支給されているだろう!私の魔力は、もっと高貴な儀式のためにあるのよ」
「…だめか」
絵に描いたような現場の苦労を知らないワンマン経営者の発言だ。
このままでは、サウナで俺が癒やしたはずのヒルダのメンタルが再び死んでしまう。
下手をすれば、不当な私的使用がバレてヒルダが解雇に追い込まれかねない。
すると、横でニコニコと話を聞いていたフィオナが、細めた瞳の奥に鋭い光を宿した。
「ふーん、そういうこと♡ フィオナ、理解しましたわ。後でヒルダさんと、じーっくり『お話』が必要みたいね♡」
「っ!?フィ、フィオナ殿、それは…」
ヒルダが絶望の表情を浮かべる。
だが、俺はフィオナの現場判断に賭けることにした。
「さすがフィオナさん、汲んでくれますか。どこかの、部下の体調も見ないドS上司とは大違いだな」
「ん?ドS?カイル、さっきから妙な言葉を使っているわね。そもそも、貴方はこの監獄で、私たち以外の人と会ったことがあるの?」
エルフレイデ様が首を傾げる。その瞳には一点の曇りもない。
自分が行っている苛烈な搾取を、一ミリも加虐だと思っていない。
天然の独裁者、自覚なき暴君。一番タチが悪いパターンのやつだ。
…はは、これは。社長(聖女)が現場を放置している間に、副社長(癒やし手)と部長(騎士)が俺というリソースを巡って闇のカルテルを結ぶ流れだな…
「聖女様、俺が誰と会おうが、俺は貴女の『ゴミ箱』ですから。ただ、これからはヒルダさんとも、もっと『密な連携』を取らせていただきますね」
「…?構わないわ。しっかり鍛え上げなさい、ヒルダ」
「は、はっ!命に代えましても『密に』、やり遂げますっ!」
ヒルダが必死に敬礼するが、その脚はまだサウナの余韻でわずかに震えている。
聖女の無頓着が生んだ組織の綻び。
そこに滑り込み、三人の女性たちの関係性を掌握し始めた俺の社畜的統治は、いよいよ完成へと近づいていた。
…なんて、支配者みたいな格好いいことを考えている余裕なんて、実際には一ミリもなかった。
俺にあるのは、染み付いた社畜根性だけだ。
「あ、そういえば聖女様。明日のスケジュールですが…」
「スケジュール?私がいつ貴方の元へ来るか、そんなの私の気分次第よ」
「ありがとうございます!つまり、いつ発注(来客)が来てもいいように待機していればいいんですね。いやぁ、嬉しいなぁ。前の職場なんて、いつ来るか分からない上に『今すぐやれ、昨日までに終わらせとけ』でしたから」
そう、今の俺の心境はこうだ。
ここ、めちゃくちゃホワイト職場じゃん!!
前世のブラック企業に比べれば、ここは天国だ。
何しろ、睡眠時間がちゃんと確保されている。
エルフレイデ様が公務でいない間、あるいはフィオナさんやヒルダさんが点検に来るまでの合間に、ふかふかのベッドで泥のように眠れるのだ。
しかも、食事は勝手に出てくるし、家賃はタダ。
おまけに美少女三人が入れ替わり立ち代わりやってきて、俺の身体を手入れ?してくれる。
前は、サウナなんて年に一度行けるかどうかの贅沢だったのに。今は仕事?の一環で騎士様と一緒に入れるなんて、福利厚生が充実しすぎだろ…
「カイル、何をニヤニヤしているのかしら。気持ち悪いわよ」
「いえ、聖女様。あまりに労働環境が良いので、感謝の極みだなと思いまして」
「労働?貴方はただのゴミ箱でしょうに、変な男ね」
エルフレイデ様は呆れたように肩をすくめているが、俺にとっては、彼女のドSな搾取ですら明確なタスクに見えて安心するのだ。
「フィオナさんも、ヒルダさんも。俺、精一杯頑張りますから。皆さんの汚れ、いくらでも納品してください。二十四時間、いつでもハンコ(受け入れ準備)押して待ってますんで!」
「ふふ、頼もしいですわ。でもカイル様、あまり無理をして『壊れて』しまっては元も子もありませんからね? 私がちゃんと、定期的に…メンテして差し上げますわ♡」
「ああ、私もだ。カイル、貴公のその『強靭な精神力』、改めて騎士団の教本に載せたいほどだぞ」
フィオナは慈愛に満ちた、けれど独占欲の強い微笑みを浮かべ、ヒルダは未だに顔を赤くしながらも、どこか誇らしげに俺の肩を叩く。
…よし。これで上司、同僚、取引先との関係も良好。あとはこのルーチンを回していくだけだ。
世間一般では監獄のゴミ箱と呼ばれるこの境遇。
だが、元社畜の俺にとっては、人生で初めて手に入れた最高のホワイト職場だった。
三人の女性たちが抱える、愛ゆえの重い汚れ。
それを飲み干すたびに、俺の心には、かつてないほどの充実感が満ちていくのだった。




