隠しきれない傷跡
「あ、フィオナさんにヒールしてもらうの、忘れてた…」
扉が閉まった直後、俺は自分の腕を見て硬直した。
そこには、フィオナが汚れを吐き出す際に無意識に、けれど執拗に掻きむしった爪跡が、生々しく残っている。皮膚が裂け、うっすらと血が滲むその傷は、どう見ても虫刺されで済むようなレベルではない。
やばい、これ、フィオナの執着のサインじゃないか。早くなんとかして隠さないと。
俺が慌ててシーツを引っ張り上げた、その時だった。
「カイル、入るわよ!」
「っ!入ってから言うな!!」
結界が解ける音と同時に、扉が勢いよく開く。
そこに立っていたのは、公務の合間の休憩なのか?はたまた俺を監視したくて堪らなくなったのか、異様に早いお戻りを見せたエルフレイデ様だった。
「何よ、その慌てようは。また何か隠し事かしら?」
「い、いや、何でもありませんよ!ただちょっと、急に蚊に…じゃなくて、虫に刺されたみたいで。痒くて、自分で掻きむしっちゃったんですよね。ハハハ…」
俺は必死に腕を背後に回すが、エルフレイデ様の鋭い審美眼は誤魔化せない。
彼女は無言で歩み寄ると、俺の腕を力任せに掴み、強引に引き寄せた。
「虫?貴方、自分がどこにいると思っているの?ここは筆頭聖女である私が結界を二重に張り、魔法で蟻一匹、病原菌一つ入れないように管理している聖域なのだけれど?」
「…。ええ、そうでしたね。神殿の衛生管理、完璧ですもんね」
「何か言い残す事は?」
俺は死ぬのか…
エルフレイデ様の背後に、具現化しそうなほどの怒りのオーラが立ち昇る。
彼女の視線が、俺の腕に残るフィオナの指の形そのままの傷跡と、そして部屋に漂う、微かな、けれど確かな冷たい香油の匂いを捉えた。
「す、すいませんでしたぁ!!」
俺は潔く、社畜の基本である即座の謝罪を選択した。言い訳は火に油を注ぐだけだ。
「ふん。素直なのは良いことだわ。でも、私の許可なく、ここに異物を招き入れた罪は重いわよ。カイル、貴方は誰のゴミ箱(所有物)か、もう一度分からせてあげる必要があるみたいね」
彼女はそう言うと、俺の腕の傷口に、自分の指をあえて強く押し当てた。
「っ…あ、痛っ!」
「痛い?当たり前よ。私のいない間に、別の女にこんな傷をつけさせて…ねえ、その女は、こんな風に優しく『消毒』してくれたのかしら?」
【ヒール】
彼女の手のひらに、昨日よりもずっと激しく、攻撃的なまでの熱を持ったヒールが宿る。
傷を治すというより、フィオナの残滓を焼き切るような、苛烈な光。
「…あぁっ、熱い!聖女様、それ、ヒールっていうか火傷しますっ!」
「黙りなさい。全部焼き消してあげる。貴方の身体の、隅から隅まで…私の熱だけで、満たしてあげるわ!!」
エルフレイデ様は俺をベッドに押し倒すと、フィオナの冷たさを上書きするように、情熱的な、けれど独占欲に狂った暴力的な愛撫を開始した。
「あ~。これ、午後の公務を絶対に欠席する気だ、この聖女様…」
俺の嘆きは、彼女の熱い吐息と、激しく打ち鳴らされる魔導鞭の音にかき消されていった。
二人の聖女(候補)の汚れが俺の中で激突し、俺の残業時間は無限ループへと突入する。




