癒やし手の独占欲と、消えない刻印
「…あぁ。なんて、凄惨の」
フィオナの指先が、俺の首筋に点々と残る紅い跡。
エルフレイデ様が昨夜、理性を失って刻みつけた愛の証をなぞった。
そこにはヒールを掛けずに残されたキスマーク。
フィオナの瞳には、慈悲深い癒やし手のそれとは真逆の、昏い愉悦が浮かんでいる。
「これ。筆頭聖女様の仕業ですね?普段はあんなに高潔ぶっているお方が、裏ではこんなに浅ましく、一人の男を食い散らかしているなんて」
「仕事の『検品印』みたいなもんですよ…フィオナさん、その…もう片方の頬のヒール、早くしてもらえませんか?」
俺が催促すると、彼女は「ふふっ」と小さく、鈴の鳴るような声で笑った。
彼女の手のひらに、淡く涼しげな光が宿る。
【ヒール】
頬に触れられると、エルフレイデの激しい魔法とは違う、染み渡るような冷徹な癒やしが浸透し、腫れがみるみる引いていった。
さすがは専門の癒やし手。仕事が丁寧だ。
だが、俺が安心したのも束の間。フィオナの指先は、腫れが引いた頬を離れ、そのまま俺の首筋の紅い跡へと滑り落ちた。
「私も、ここは、治しません」
「え?」
「当然でしょう?こんなに『汚い』んですもの。魔法が拒絶してしまっていますわ…ねえ、カイル様?筆頭聖女様がつけたこの印、私がもっと…『綺麗』に上書きして差し上げましょうか?」
彼女はそう言うと、俺の首筋に顔を寄せ、その跡のすぐ隣に、自分の唇をそっと押し当てた。
吸い付くような感触。
エロティックな愛撫というよりは、自分の所有物にマーキングを施すような、静かで粘着質な独占欲。
「ちょ、ちょっと。フィオナさん?」
「し~っ…動かないで。聖女様に、教えてあげなければ。貴方を独り占めできるなんて思ったら、間違いですよ、と」
彼女は、エルフレイデ様がつけたキスマークを避けるように、けれどその存在を際立たせるように、その周辺だけを丁寧に、執拗に唇でなぞっていく。
【ヒール】
そして、その周囲の肌にだけ、微弱なヒールを掛けた。
…待て!?これ、何をしてるんだ?
「ふぅ。できましたわ」
フィオナが満足げに顔を離す。
手鏡を取り出し、俺の首筋を映して見せた。
「見てください。私が触れたところだけ、お肌が白く、瑞々しく輝いているでしょう?聖女様がつけた不格好な紅い跡が…まるで、白い雪原に落ちた汚れのように浮き立って見える」
「フィオナさん、あんた、性格悪いな」
「褒め言葉として受け取っておきます。さあ、これで聖女様もお気づきになるはず…貴方の身体をメンテナンスしている『別の手』が存在することに」
フィオナは、俺の首筋に残った跡を愛おしそうに眺めると、そのまま俺の胸元に指先で自分の名前をなぞるように滑らせた。
「今日は、ここまでにして差し上げます。あまり一度に注ぎ込むと、聖女様が嫉妬で貴方を壊してしまうかもしれませんから…私は、もっと長く、じっくりと、貴方を『管理』したいのです」
彼女は立ち上がり、完璧な淑女の礼をして見せた。
「また、明日…聖女様がお帰りになった後に。『お掃除』が必要でしたら、いつでも呼んでくださいね?」
フィオナが去った後の部屋には、エルフレイデ様の情熱的な残り香をかき消すような、冷たくて甘い、香油のような匂いが漂っていた。
…はぁ。暴力の次は、女同士の代理戦争の戦場かよ。
これ、残業代どころか危険手当を申請しなきゃやってられないぞ!
俺は、鏡に映る当て付けのような首筋の跡を見つめ、これからの業務がさらにブラック化していく予感に、深くため息をついた。




