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ステレス令嬢の華麗なる事情 〜婚約者と兄が恋人同士らしいので、全力で成立させます〜  作者: つるぎまる
始まりは一冊の本から

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9/25

第6話「最適解の更新」

第6話です。


ここから、

“これまで通りではいられなくなります”。



(進行は順調)


 アルセリアは結論づける。


(接触頻度、増加)

(偶発的接触、再現済み)

(意図的接触、試行済み)


(だが)


(進展が遅い)


 静かに、思考を整理する。


(原因は明確)

(環境条件が不足している)


 机の上に広げた本へ視線を落とす。


『周囲の遮断により、関係は加速する』


(……なるほど)


 アルセリアは小さく頷いた。


「ならば」


 結論は、一つだった。


「外的要因を排除すればいい」


 ***


「……またか」


 ヴァルクが呆れたように呟く。


「今回は騎士団の報告ではありません」


 アルセリアは淡々と答える。


「では何だ」


「休息です」


「……は?」


「過労は判断力の低下を招きます」


 完全に正論だった。


「殿下とあなた、双方のパフォーマンス維持のためにも」


 一拍。


「短時間の非公式な場が必要と判断しました」


「……それ、俺いるか?」


(必要)


「ええ」


 即答だった。


「あなたは“関係性の核”ですので」


「……何だそれ」


 ヴァルクは眉をひそめる。


 だが、それ以上は言わなかった。


 言わないまま、アルセリアを見る。


 何かを確かめるように。


 あるいは。


 何かを止めるべきか、測るように。


 けれど結局、何も言わない。


(了承と見なして問題ないわね)


 アルセリアはそう判断した。


 ***


 庭園。


 人気のない、静かな場所。


 木漏れ日が石畳に揺れ、風だけが低く葉を鳴らしている。


(環境条件、良好)

(外的干渉、排除済み)

(視線遮断、成立)


 アルセリアは満足げに頷いた。


「こちらで少し休憩を」


「……珍しいな」


 レオンハルトが静かに言う。


 その声には。


 ほんのわずかに、期待が混じっていた。


(観測)


 アルセリアは一瞬だけそれを確認し。


(問題なし)


 処理する。


「効率の問題です」


 いつも通りの返答。


 その瞬間。


 レオンハルトの視線が、わずかに揺れた。


 何かを言いかけて。


 だが、結局、何も言わない。


 ***


 しばらくの沈黙。


 風の音だけが流れる。


(……理想的環境)


 アルセリアは評価する。


(ここで関係は進展するはず)


 だが。


「……」


「……」


 何も起きない。


(……?)


 一瞬、思考が止まる。


(条件は揃っている)

(干渉要素もない)


(なぜ)


 視線を上げる。


 レオンハルトは、静かにこちらを見ていた。


 ヴァルクは、少し離れた位置で空を見ている。


 互いに。


 動かない。


 いや。


(違う)


 動かないのではない。


 動けないように見えた。


(……不足)


 結論は、早かった。


(トリガーが必要)


 アルセリアは立ち上がる。


「少し失礼しますわ」


「……またか」


 ヴァルクが呟く。


 その声は軽い。


 だが、どこか低かった。


「すぐ戻ります」


 そして。


 アルセリアはその場を離れた。


(これで)

(完全環境、成立)


 ***


 茂みの陰。


 アルセリアは、息を潜めて様子を観察していた。


(理想的環境)

(外的干渉なし)

(視線遮断、成立)


 視線の先。


 レオンハルトとヴァルクが、向かい合っている。


 距離は、近い。


 声は聞こえない。


 だが。


(……間)


 一瞬。


 沈黙が落ちる。


 互いに動かない。


 ほんのわずかに。


 距離が、詰まったように見えた。


(……来る?)


 アルセリアの思考が、加速する。


 本の一節が脳裏に浮かぶ。


『触れそうで、触れない距離』


(条件一致)

(視線固定)

(心理的距離、近)


(これは──)


 一拍。


 だが。


「……戻るか」


「ああ」


 すべてが、終わった。


(……?)


 思考が止まる。


(未発生?)

(いや)


 アルセリアは結論を更新する。


(外的トリガーが不足している)


 その瞬間だった。


「……アルセリア」


 静かな声。


 振り返る。


 レオンハルトが立っていた。


 その表情は、穏やかだった。


 だが。


 穏やかに見えるよう、抑え込んでいるだけだと分かる程度には。


 張り詰めていた。


「少し、いいか」


(……来た)


 アルセリアは判断する。


(個別イベント)

(関係進展の最重要局面)


「構いませんわ」


 微笑む。


 完璧に。


 沈黙。


 風が、止まる。


「……なぜだ」


 短い問い。


(……?)


「なぜ、俺とヴァルクを」


 言葉が途切れる。


 喉元で、何かを押し殺すように。


 だが。


 それでも、続けた。


「……そうやって、離す」


 一瞬。


 思考が止まる。


(質問の意図、不明)


「効率化のためです」


 即答だった。


「最適な関係構築には、外的干渉の排除が──」


「違う」


 遮られる。


 初めてだった。


 ここまで、明確に。


 レオンハルトが否定したのは。


 アルセリアは目を瞬かせる。


 レオンハルトは、まっすぐに彼女を見る。


 その視線には、いつもの穏やかさがなかった。


 あるのは。


 押し殺し続けて、なお滲み出た感情だけだ。


「俺が言っているのは、そんなことじゃない」


 低い声。


 静かなのに、ひどく近い。


 一歩、踏み込まれる。


 逃げる必要などない距離のはずなのに。


 なぜか、アルセリアの呼吸がわずかに止まった。


(……何?)


 理解が追いつかない。


 レオンハルトの指先が、微かに震えていた。


 怒りではない。


 だが、平静でもない。


「君は、どうして」


 そこで、言葉が止まる。


 続けるべき一言を、自ら呑み込むように。


 数秒。


 沈黙が落ちた。


 やがて、レオンハルトは目を伏せる。


「……いや」


 再び、引く。


「忘れてくれ」


 それだけを残し、視線を逸らした。


(未完了イベント)


 アルセリアは、それをそう処理した。


(だが問題なし)


 計画は順調だ。


 そう結論づける。


 その時。


「……お前さ」


 ヴァルクの声。


 振り返る。


 珍しく。


 ほんの少しだけではない。


 はっきりと、苛立ちが混じっていた。


「何をしてるつもりだ」


(……?)


 想定外の反応。


「最適化を」


 答える。


 迷いなく。


 すると、ヴァルクの眉間に深く皺が寄った。


「そんなもんに見えるかよ」


 一瞬。


 アルセリアの思考が止まる。


 だが、すぐに立て直す。


「見えますわ。現に、関係性には変化が──」


「そういう話じゃねえ」


 今度は、ヴァルクが遮った。


 空気が、張る。


 これまでずっと傍観していた兄が。


 初めて、明確に否定を示した。


「お前、ほんとに分かってねえのか」


 低く落ちる声。


 責めているようで。


 だがそれ以上に、焦っているようにも聞こえた。


(質問の前提が不明)


 アルセリアは唇を引き結ぶ。


 理解不能。


 だが。


 理解できないという事実そのものが、微かな苛立ちを生んでいた。


「……何を、ですの」


 ヴァルクは答えない。


 答えられない、の方が近かった。


 レオンハルトもまた、何も言わない。


 風だけが、三人のあいだを通り抜けていく。


 その静けさが。


 かえって、すべてのズレを浮き彫りにした。


 ***


(修正が必要)


 アルセリアは一人、結論を更新する。


(条件設定の見直し)

(トリガーの再設計)

(関係進展の加速)


 だが。


 そこに、これまでなかった項目が一つ加わる。


(感情的反発への対処)


 静かに、息を吐く。


「……次は」


 呟く。


「もう一段、踏み込む」


 その目は、変わらず冷静で。


 けれど。


 ほんのわずかに。


 余裕が、削れていた。


 そして。


 それに最初に気づくのが誰なのか。


 まだ、誰も知らない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


このあたりから、

関係性が大きく動き始めます。


次話もよろしくお願いします。

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