■番外編「何も起きていない距離」
番外編です。
“何も起きていないように見える時間”のお話です。
沈黙は、長くは続かなかった。
「……何だ、さっきの」
先に口を開いたのは、ヴァルクだった。
「さあな」
レオンハルトは短く答える。
「お前、何か聞いてるか?」
「いや」
それで会話は終わる。
いつも通りだ。
無理に続ける必要もない。
必要なことだけ話す。
それが、二人の距離だった。
しばらくして。
「……最近、様子がおかしいな」
ヴァルクがぽつりと呟く。
「誰が?」
「アルセリア」
その名前に。
レオンハルトの指が、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
だが、確かに。
遅れた。
「……そうか」
それだけを返す。
「気づいてるだろ」
「何を」
視線が交わる。
「お前のことだよ」
一拍。
その間に。
レオンハルトは、息を整える。
「……何の話だ」
とぼける。
だが。
ほんの僅かに。
声音が、低かった。
ヴァルクは、少しだけ眉を寄せた。
「いや、いい」
それ以上は言わない。
言えない、の方が近い。
理由は簡単だ。
(説明できねえ)
言葉にした瞬間。
何かが、決定的にズレる気がした。
沈黙が落ちる。
だが、それは苦ではない。
この距離は。
昔から、変わらない。
はずだった。
「……面倒なことになってるな」
ヴァルクが小さく息を吐く。
「お前が言うな」
レオンハルトが返す。
「俺は何もしてねえ」
「していないのが問題だ」
一瞬。
空気が、止まる。
その言葉の意味を。
互いに、理解している。
だが。
踏み込まない。
踏み込めない。
それが、この距離だ。
そして。
それが。
最も大きな“誤り”であることに。
まだ、誰も気づいていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
何も起きていないようで、
一番ズレている時間でもあります。




