第4話「加速する誤算」
第4話です。
作戦は、
“理論上は”順調に進んでいます。
──初回は、成功。
少なくとも、アルセリアの定義においては。
(偶発的接触、成立)
(心理的距離、微減)
(関係進展の兆候あり)
(ならば次は)
「意図的接触へ移行する」
アルセリアは結論づけた。
(段階は進んでいる)
(次は“二人きりの状況”を作る)
そのために選ばれた手段は。
***
「……書類整理、ですか?」
レオンハルトが静かに問い返す。
「ええ。騎士団関連の報告書に不備があると伺いましたので」
アルセリアは微笑む。
完璧な理由。
完璧な建前。
「ヴァルクも関わっている案件よ。ちょうど良いでしょう?」
視線を向ける。
「……まあ、確かに関わってはいるが」
ヴァルクが腕を組む。
そして、一度だけアルセリアを見る。
何かを測るような、短い視線。
だが、すぐに逸らした。
(配置、完了)
「では、三人で確認しましょう」
ヴァルクは椅子の位置をわずかに調整する。
アルセリアとレオンハルトの間に、自然と視線が通る配置。
――守る位置。
だが本人は、気づいていない。
(ここから分岐)
(適切なタイミングで離脱)
(密室環境、形成)
アルセリアの思考は、すでに次の段階へ進んでいた。
***
数分後。
「……つまり、この部分の記述が曖昧で──」
アルセリアは淡々と説明を続ける。
視線は書類に落としたまま。
だが意識は別にある。
(そろそろね)
タイミングを計る。
会話が一区切りついた、その瞬間。
「少し失礼しますわ」
立ち上がる。
自然に。
違和感なく。
「すぐ戻るわ」
(これで)
(密室、成立)
扉を閉める。
静かに。
音を立てずに。
──その瞬間。
(完了)
アルセリアは満足げに頷いた。
(あとは二人で進展するはず)
***
──室内。
沈黙。
「……」
「……」
ヴァルクとレオンハルトが、向かい合う。
「……何だ、これ」
ヴァルクがぽつりと呟く。
「さあな」
レオンハルトは短く答える。
再び沈黙。
「……お前、何か聞いてるか?」
「いや」
視線が、交わる。
だが。
ほんの一瞬だけ。
レオンハルトの視線が、扉の方へ向いた。
まるで。
誰かが外にいることを、知っているかのように。
次の瞬間には、何事もなかったかのように視線を戻す。
「……戻るか」
「ああ」
結論は、早かった。
***
「……」
廊下の角。
(遅い)
アルセリアは腕を組み、静かに待機していた。
(会話時間、想定より短い)
(だが問題はない)
扉が開く。
「おい、アルセリア」
先に出てきたのはヴァルクだった。
(……?)
「戻っていたのか」
「ええ。少し様子を」
(何かが違う)
「用事なら終わったぞ」
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
(終了?)
(早すぎる)
「いや、特に話すこともなかったしな」
(……そんなはずはない)
アルセリアの思考が高速で回転する。
(接触機会は与えた)
(密室環境も成立)
(干渉要素も排除)
(なのに、なぜ)
その時。
「アルセリア」
静かな声が、後ろからかかる。
振り返る。
レオンハルトが立っていた。
その表情は、穏やかで。
そして。
どこか、硬かった。
(……見透かされている?)
一瞬だけ。
そんな感覚が、背筋をなぞった。
「少し、話がある」
(……来た)
アルセリアの思考が切り替わる。
(個別イベント)
(関係進展の分岐点)
「構いませんわ」
微笑む。
完璧に。
ヴァルクが「じゃあ俺は」と軽く手を振って去る。
その直前。
ほんの一瞬だけ。
アルセリアを見た。
何かを言いかけて。
――やめる。
「……無理すんなよ」
小さく、それだけを残して去った。
(排他環境、成立)
沈黙。
「……先ほどのことだが」
レオンハルトが口を開く。
「君は」
わずかに、間が空く。
「誰を見て、あの場を動かした」
(……)
一瞬。
思考が止まる。
(それは)
(当然の処置)
「必要だったからですわ」
アルセリアは答える。
迷いなく。
「殿下にとって、有益であると判断いたしました」
――その言葉に。
レオンハルトの視線が、わずかに揺れた。
沈黙。
ほんの、数秒。
その間に。
レオンハルトの表情が、わずかに変わった。
「……そうか」
静かな声。
それ以上、何も言わない。
(問題なし)
アルセリアはそう判断した。
「では、私はこれで」
背を向ける。
「アルセリア」
呼び止められる。
振り返る。
「……君は」
言葉が、途切れる。
そして。
「……いや、何でもない」
視線が逸らされる。
(未発生イベント)
アルセリアはそう処理し、軽く頷いた。
そして、そのまま立ち去る。
残されたレオンハルトは。
しばらく、その場に立ち尽くしていた。
***
(修正が必要ね)
アルセリアは一人、結論を出す。
(初期条件に問題はない)
(だが、進展が不足している)
(ならば)
「もう一段、踏み込む必要がある」
そのはずなのに。
胸の奥に残る違和感は、消えなかった。
(……おかしい)
これは、計算の誤差ではない。
――前提が、ずれている。
アルセリアは、初めて。
自分の立てた仮説そのものに、疑問を抱いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
主人公の中では順調ですが、
周囲はそうでもありません。
次話、
“別の視点”で見ると少し分かります。




