第3話「初めての作戦」
第3話です。
いよいよ、
主人公が“正しいと思っている作戦”を実行に移します。
──接触頻度を、上げる。
結論は、単純明快だった。
(初期段階では偶発的接触が有効)
(ならば、それを意図的に再現すればいい)
アルセリアは書庫で本を閉じ、静かに頷いた。
「まずは、自然な形で同席させる必要があるわね」
そして彼女は、最も合理的な手段を選択した。
***
「……訓練の視察、ですか?」
怪訝そうに眉をひそめたのは、ヴァルクだった。
「ええ。公爵家として騎士団への理解を深めるのは当然のことよ」
アルセリアは、淀みなく答える。
完全に正論だ。
隙はない。
「……いや、それはそうだが」
「問題でも?」
「いや……お前が来るのは珍しいなと思ってな」
(自然な疑問ね)
「興味が湧いただけよ」
嘘ではない。
ただし、方向性が少々違うだけだ。
「……まあいい。危ないから、あまり前には出るなよ」
そう言いながら、ヴァルクはさりげなく一歩前に出る。
アルセリアとの間に、半歩だけ体を入れる位置。
視線は訓練場のまま。
こちらを見ることもない。
(……遮蔽)
風の流れと、人の動線がわずかに変わる。
意図は明確だった。
「心得ているわ」
(第一段階、クリア)
アルセリアは内心で小さく頷いた。
***
翌日。
騎士団訓練場。
剣戟の音が響く中、アルセリアは一歩引いた位置からそれを眺めていた。
(視界良好)
(導線確保済み)
(あとは──)
ヴァルクは、アルセリアの立ち位置を一度だけ確認する。
訓練の動線から外れているか。
危険が及ばない距離か。
問題なしと判断してから、ようやく視線を戻した。
「アルセリア?」
不意に、背後から声がかかる。
振り返るまでもない。
「レオンハルト殿下。ご機嫌麗しく」
完璧な礼。
そして、計算通りの登場。
(よし)
「君がここに来るとは、珍しいな」
わずかに驚いたような声。
だが、その奥には。
ほんの少しだけ、安堵の色が混じっていた。
(……?)
一瞬、違和感がよぎる。
だが。
(誤差の範囲ね)
アルセリアは即座に切り捨てた。
「騎士団の視察に参りましたの。ちょうど兄もおりますし」
その言葉に。
レオンハルトの視線が、わずかに揺れる。
「……そうか」
短い返答。
だがその声音は、先ほどよりも少しだけ静かだった。
(問題なし)
「ヴァルク!」
アルセリアは、訓練中の兄に声をかける。
自然な流れで、二人を同じ場に引き寄せる。
(接触条件、成立)
「どうした、アルセリア」
「殿下がお見えよ」
ヴァルクが振り返る。
そして、レオンハルトと視線が合った。
一瞬。
空気が、わずかに変わる。
(……来た)
アルセリアの脳内で、静かに警鐘が鳴る。
これは、本にあった流れ。
(再現性、確認)
「訓練の邪魔をしていないか?」
レオンハルトが歩み寄る。
「してないさ。ちょうど一段落したところだ」
ヴァルクが軽く肩をすくめる。
距離が、近い。
声の調子も、自然だ。
(良好)
「無茶をするな、と言ったはずだ」
低く、抑えた声音。
(……一致)
「言われなくても分かってる」
ヴァルクが笑う。
(完全一致)
アルセリアは、確信を深めた。
(順調ね)
──その時だった。
ガンッ、と鈍い音が響く。
「っ……!」
訓練中の騎士の一人が、足を滑らせた。
振るわれた剣が、制御を失う。
軌道の先。
それは──
「アルセリア!」
咄嗟に動いたのは、レオンハルトだった。
アルセリアの腕を掴み、強く引き寄せる。
体が、ぶつかる。
距離が、一瞬で詰まる。
「……っ」
至近距離。
息が触れそうなほどの近さ。
レオンハルトの瞳が、まっすぐにアルセリアを捉えていた。
「怪我はないか」
低く、焦りを含んだ声。
その手は、まだ離れない。
――離さない、ではなく。
離せないかのように。
(……これは)
一瞬、思考が止まる。
(……少し、強い?)
だが。
(誤差の範囲ね)
アルセリアは、即座にその違和感を切り捨てた。
(これは“偶発的接触”)
(本の初期段階における典型例)
つまり。
(ここからが重要)
アルセリアは、さりげなく一歩引いた。
「問題ありませんわ。ありがとうございます、殿下」
完璧な礼。
そして──
「ヴァルク、殿下にお礼を」
自然な誘導。
「いや、俺は何も……」
「妹を守ってくださったのは殿下よ」
視線で促す。
「……ああ。助かった」
ヴァルクが短く言う。
その瞬間。
レオンハルトの表情が、わずかに曇った。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほどの変化。
(……?)
だが。
(問題なし)
アルセリアは思考を進める。
(接触成立)
(会話成立)
(関係進展の兆候あり)
(順調ね)
唇の端が、わずかに上がる。
その背後で。
「……アルセリア」
レオンハルトが、何かを言いかける。
だが。
「次の訓練、始めるぞー!」
騎士たちの声にかき消される。
「……いや、何でもない」
言葉は、飲み込まれた。
(未発生イベント)
アルセリアはそれをそう処理し、気に留めることはなかった。
その時。
ヴァルクは、ほんの一瞬だけアルセリアを見る。
何かを言いかけて。
だが、結局何も言わずに視線を戻した。
そして。
レオンハルトの視線は。
ほんの僅かに。
アルセリアから、離れなかった。
***
帰路。
(初回としては上出来ね)
アルセリアは一人、静かに頷く。
(偶発的接触、成功)
(自然な会話、成立)
(感情変化、観測)
(次は、もう少し意図的に動かしてもいい)
計画は、順調に進んでいる。
少なくとも。
――そう、思っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作戦、
順調に見えてだいぶズレています。
次話から、
違和感がはっきりしてきます。
よろしければブックマーク・評価いただけると嬉しいです。




