第2話「頁の中の真実」
※本作は「勘違い+論理」で進む恋愛です
第2話では、
主人公が“本の内容を検証する”段階に入ります。
よろしくお願いします。
──結論は、既に出ている。
(検証は必要ね)
アルセリアは机の上に本を置き、静かに頁を開いた。
昨夜は、全体を通して読んだだけ。
今日は違う。
情報として、精査する。
(まずは、再現性の確認)
視線を落とす。
そこに描かれているのは──
ヴァルクとレオンハルト殿下。
あり得ないはずの関係性。
だが、問題はそこではない。
(問題は、“どこまで現実と一致しているか”)
頁をめくる。
ある一節で、手が止まった。
『訓練場の片隅。誰もいない時間を見計らって、二人は言葉を交わす』
(……訓練場)
記憶を探る。
ヴァルクは騎士。
訓練場を使うのは当然。
そして殿下も、視察や鍛錬で訪れることがある。
珍しくはない。
『無茶をするな、と王太子は低く言う』
『お前に言われたくない、と男は笑う』
(……一致)
アルセリアの脳裏に、数日前の光景が蘇る。
訓練場の端。
人の少ない時間帯。
「無茶をするな」
低く抑えた声。
「言われなくても分かってる」
ヴァルクが肩をすくめる。
その瞬間。
レオンハルトの手が、ヴァルクの腕を掴んだ。
「……本当に分かっているなら、あの動きはしない」
距離が近い。
互いの呼吸が触れそうなほどに。
だが、ヴァルクはそれを避けない。
「心配しすぎだ」
軽く笑う。
レオンハルトは、数秒だけそのまま手を離さない。
そして。
小さく息を吐いて、ようやく手を離した。
「……加減を覚えろ」
「善処する」
やり取りは短い。
だが。
(……近い)
記憶が、途切れる。
例えば。
殿下がヴァルクを呼ぶ時の、あの声音。
公の場では決して使わない、わずかに柔らかな響き。
あるいは。
報告の合間に交わされる、短い視線。
意味を持たないはずの、それが。
妙に、長く残る。
(……観測回数は、少なくない)
だがその時の私は、それを偶然の範囲と処理していた。
(仮説の補強)
頁をめくる速度が、わずかに上がる。
『触れそうで、触れない距離』
『視線だけが、絡み合う』
(……視線)
思い出す。
殿下がヴァルクを見るときの、あの柔らかな目。
自分に向けられるものとは、違う温度。
(観測結果、追加)
(接触頻度、適正)
(心理的距離、近)
(感情表出、限定的)
(結論の精度は、十分に上がっている)
静かに息を吐く。
胸の奥に、わずかな圧がかかる。
だが、それを無視する。
(次)
頁を進める。
物語は、さらに踏み込んでいく。
『人気のない廊下。足音が重なる』
『不意に腕を引かれ、壁へと押し付けられる』
アルセリアは、そこで本を閉じた。
「……なるほど」
十分だ。
これ以上の詳細は、現時点では不要。
(再現可能性は高い)
ここまでの一致率。
偶然と断じるには、無理がある。
(つまり)
この本は。
未来予測、あるいは──
「観測記録」
呟きは、静かに落ちた。
アルセリアは再び本を開く。
今度は、先を読むためではない。
構造を把握するためだ。
(時系列)
(発生条件)
(接触トリガー)
ページをめくるたびに、思考が整理されていく。
(初期段階では、偶発的接触が多い)
(その後、意図的接触へ移行)
(最終的に、関係性が固定)
指先が、止まる。
(ならば)
視線が、ゆっくりと上がる。
「初期条件を、こちらで整えればいい」
答えは、単純だった。
(接触機会を増やす)
(自然な状況を作る)
(違和感を与えない範囲で誘導)
そこまで考えたところで。
ふと、動きが止まる。
(……)
一瞬だけ。
本に落としていた視線が、揺れた。
(……違和感)
これは、本に対してではない。
この状況を、あまりにも自然に受け入れている
――自分自身に対する違和感だった。
だが、その正体を掴む前に。
思考は、次の結論へと移行する。
ページの端。
そこには、小さく書かれている。
『──この先は、未定』
その下に。
細く、書き足されたような文字があった。
『観測により、変動する』
(……観測?)
眉が、わずかに寄る。
(つまり、ここから先は確定していない)
それは。
(介入可能、ということ)
静かに、息を吐く。
胸の奥の違和感は、もう無視できる程度になっていた。
「……よろしい」
椅子から立ち上がる。
動きに迷いはない。
「まずは、第一段階」
本を閉じる。
その動作は、どこまでも丁寧で。
「接触頻度を、上げる」
その時。
扉の外で、小さな物音がした。
「お嬢様、失礼いたします」
侍女の声。
「本日、殿下より急な訪問の申し出が──」
(……急な訪問?)
その瞬間。
本の一節が、脳裏に浮かぶ。
『予定外の訪問。偶然を装った接触』
静かに、目を細める。
(……来るのね)
アルセリアの唇に、わずかな笑みが浮かんだ。
それは、完璧な令嬢のものではない。
戦略を前にした、合理主義者の笑みだった。
──かくして。
誰にも知られない作戦が、静かに動き始める。
そして、その最初の一手は。
すでに、向こうから動き出していた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話から、
主人公の“作戦”が始まります。
このあたりからズレが加速します。
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