■番外編⑨「記録にないはずのもの」
少しだけ雰囲気の違うお話です。
違和感というのは。
大抵の場合、気のせいで終わる。
***
王宮の書庫。
静かだ。
人も少ない。
そういう場所は、嫌いではない。
ヴァルクは、棚の一角で手を止めた。
「……なんだこれ」
一冊の本。
見覚えがない。
装丁は新しい。
だが。
妙に浮いている。
この場所に、馴染んでいない。
(……誰のだ)
記録を辿る。
該当なし。
置かれた形跡も、曖昧。
だが。
ある。
そこに、ある。
ヴァルクは、迷わず手に取った。
開く。
「……は?」
思わず声が漏れる。
書かれているのは——
見覚えのある光景。
王宮。
人間関係。
会話。
そして。
「……これ」
ページをめくる。
進む。
読めば読むほど。
(……おかしい)
内容が、正確すぎる。
知っている。
だが。
知らない。
記録として残っているはずがないもの。
会話の細部。
視線。
空気。
あり得ない。
(……いや、待て)
さらに読み進める。
そして。
手が止まる。
ある場面。
そこに書かれているのは。
「……これ、さっきの……」
今日。
つい先ほどの出来事。
そのまま。
書かれている。
完全に一致している。
(……は?)
思考が、止まる。
あり得ない。
記録されているはずがない。
時間が合わない。
(……偶然?)
違う。
そんなレベルじゃない。
ページをめくる。
さらに。
先へ。
だが。
途中で、終わる。
『──この先は、未定』
その一文。
それだけが、残る。
沈黙。
「……なんだよ、これ」
思わず呟く。
気持ちが悪い。
理解できない。
だが。
もう一度、ページを戻す。
確認する。
同じだ。
何度見ても。
変わらない。
(……記録じゃない)
断言できる。
(……予測でもない)
それも違う。
なら。
(……なんだ)
答えが、出ない。
その時。
「……ヴァルク」
声がした。
振り返る。
アルセリアだった。
いつも通りの表情。
変わらない。
だが。
その一瞬。
彼女の視線が——
ほんの僅か、本へ落ちた。
自然な動き。
気に留めるほどでもない。
だが。
“知っている”ように見えた。
「何をしているの?」
問いは、いつも通りだ。
声も。
間も。
——すべて。
ページに書かれていた通りだった。
ヴァルクの思考が、わずかに遅れる。
(……は?)
言うべきか。
どうするか。
一瞬だけ、迷う。
だが。
結論は早い。
「……いや」
本を閉じる。
「なんでもない」
短く返す。
アルセリアは、頷く。
「そうですか」
それだけ。
疑わない。
踏み込まない。
そのまま、視線を外す。
自然に。
何も気にしていないように。
——ページの記述通りに。
(……なんだ、それ)
ヴァルクは、内心で舌打ちする。
違和感は、消えない。
だが。
言葉にするほどでもない。
説明もできない。
そして。
もう一度、本を見る。
静かに。
棚へ戻した。
***
違和感というのは。
大抵の場合、気のせいで終わる。
だから。
この時も。
そうだと、思った。
——そう思っていたのは、この場で彼だけだった。
気のせいで済ませてしまう違和感も、あるのかもしれません。
次で最後になります。




