■溺愛番外編⑤「当然の位置」
周囲から見た二人のお話です。
王宮の広間。
貴族たちが集まる、非公式の談話の場。
穏やかな空気。
笑い声。
そして。
わずかな、探る視線。
***
「アルセリア様、本日はお時間をいただき光栄です」
若い貴族の男が、丁寧に頭を下げる。
アルセリアは、静かに応じた。
「こちらこそ。何かご用件が」
「はい、ぜひ一度お話を――」
そこまでだった。
「……その件なら」
横から、声が落ちる。
静かに。
だが、明確に。
会話を断ち切るように。
レオンハルトが、アルセリアの隣に立っていた。
いつからいたのか、分からない。
気配はなかった。
だが。
距離は、近い。
自然に。
当然のように。
「私が聞こう」
一言。
それだけ。
場の空気が、わずかに変わった。
男は、一瞬言葉を失い。
「……い、いえ。その、急ぎの話ではございませんので」
明らかに後退した。
「また改めて失礼いたします」
短く頭を下げ、その場を離れる。
足取りは、やや早かった。
***
(……会話終了)
アルセリアは、状況を整理する。
だが。
それよりも先に。
(……近い)
距離を認識する。
肩が、軽く触れている。
離れていない。
だが、レオンハルトは特に気にしていない。
当然のように、そこにいる。
「……殿下」
「何だ」
「先ほどの件ですが」
「問題ない」
即答。
間を置かない。
「ですが」
「必要な話なら、私を通せばいい」
言い切る。
(……経由)
アルセリアは、その言葉を理解する。
そして、少し考えた。
「……合理的です」
結論づける。
その瞬間。
周囲の空気が、わずかに揺れた。
近くにいた貴族たちの視線が、こちらへ向く。
小さなざわめき。
「……え?」
誰かが、思わず声を漏らした。
だが、アルセリアは気にしない。
そのまま続ける。
「殿下を経由すれば、情報の精度も上がりますし」
淡々と。
「無駄な接触も減ります」
完全に、論理。
だが。
それが逆に。
致命的だった。
沈黙。
数秒。
そして。
「……いや待て」
ヴァルクが、頭を抱えた。
「それ、そういう話じゃねえだろ」
「違いますか?」
アルセリアは、素直に問う。
「違うわ」
即答。
周囲の貴族たちは、完全に理解した。
言葉にはしない。
だが。
空気が、それを示している。
(……ああ)
(そういうことか)
(近づいてはいけない方だ)
誰も声には出さない。
だが、全員が同じ結論に至っていた。
レオンハルトは、何も言わない。
ただ。
わずかに、アルセリアとの距離を詰める。
ほんの少し。
だが、明確に。
ここが定位置だと示すように。
アルセリアは、それを受け入れる。
自然に。
抵抗なく。
「では、今後もそのようにいたします」
静かに言い切った。
その一言で。
場が、完全に固まる。
沈黙。
そして。
誰かが、小さく呟いた。
「……強いな」
誰に対してかは、明らかだった。
ヴァルクは、深くため息をつく。
「……もうダメだこれ」
完全に諦めた声。
レオンハルトは、それを否定しない。
その代わりに。
アルセリアの手に、軽く触れた。
人目のある場で。
堂々と。
隠すことなく。
「……離れるな」
小さく言う。
それは。
命令でも、確認でもなく。
ただの、当然の前提だった。
「……はい」
アルセリアは、迷いなく頷く。
その答えに。
一切の疑問はなかった。
それを見た周囲は。
もう、何も言えなかった。
***
その日。
王宮内で、静かに広まった認識がある。
──アルセリア様には、近づきすぎてはいけない。
理由は簡単だった。
王太子殿下の隣が。
すでに、当然の位置になっていたからである。
当人たちはいつも通りのつもりです。
ただ、周囲の認識はだいぶ変わってきました。
この温度差も楽しんでいただければ嬉しいです。




