■番外編④「触れさせない理由」
独占欲が少し分かりやすくなった回です。
それは。
本当に、偶然だった。
***
「では、こちらを」
差し出された書類。
アルセリアは、それを受け取ろうとして——手を伸ばす。
その瞬間。
相手の指先が、触れかけた。
ほんの、わずか。
だが。
確実に、触れる距離。
「……っ」
空気が、凍りつく。
次の瞬間。
横から、手が伸びた。
アルセリアの手首を引く。
強く。
「……殿下?」
体が引き寄せられる。
距離が、一気に詰まる。
背が、胸元に触れる。
完全に、抱き寄せられる形。
逃げ場は、ない。
(……接触阻止)
理解より先に、状況が成立する。
「……悪いが」
低い声が落ちる。
アルセリアの頭上で。
「それは、こちらで受け取る」
書類は、奪うように引き取られた。
騎士の姿勢が、一瞬で正される。
「……し、失礼いたしました!」
明らかに動揺したまま。
その場を離れる。
逃げるように。
沈黙。
残されたのは、二人だけ。
(……近い)
背中越しに、体温が伝わる。
腕が、しっかりと回されている。
逃げる余地はない。
だが。
不快ではなかった。
「……殿下」
呼ぶ。
数秒。
沈黙。
そして。
「……不用意だ」
低く、言う。
声が、耳元に落ちる。
(……不用意)
「書類の受け渡しです」
アルセリアは、正確に返す。
だが。
腕は、離れない。
「そういう話じゃない」
短く、否定。
さらに、わずかに力が強まる。
「……触れる距離だった」
一言。
それだけ。
だが、十分だった。
(……理解)
アルセリアは、ゆっくりと息を整える。
「殿下は、それを許容できない」
確認するように言う。
一瞬の沈黙。
そして。
「……できない」
即答。
迷いはない。
そのまま。
額が、軽く触れる。
逃げ場を与えない距離で。
「……他の男が」
低く、落ちる。
「お前に触れるのは」
一瞬、言葉が止まる。
だが。
「……面白くない」
静かな声。
だが。
逃げ場のない、本音。
アルセリアは、それを受け止める。
そして。
ゆっくりと、自分の手を動かす。
レオンハルトの腕に触れる。
自分から。
「……では」
静かに言う。
「今後は、距離を取ります」
その瞬間。
腕が、わずかに強くなる。
「違う」
即座に否定。
アルセリアの体が、正面へ向けられる。
視線が、合う。
逃げない。
逃がさない。
「お前が気をつける必要はない」
言い切る。
そのまま。
指先で、顎を軽く上げる。
「……俺が、触れさせない」
一拍。
沈黙。
(……それは)
完全な、独占。
だが。
アルセリアは、目を逸らさない。
「……合理的ではありません」
正直に言う。
その瞬間。
レオンハルトが、わずかに笑う。
「知っている」
即答。
迷いなく。
「それでもやる」
言い切る。
その言葉に。
アルセリアの胸が、強く鳴る。
もう、分かっている。
この感情を。
「……分かりました」
小さく、頷く。
その瞬間。
腕が、わずかに緩む。
だが。
完全には離れない。
手首を、軽く取られる。
当然のように。
逃げられない距離で。
***
「……おい」
少し離れた場所から、声。
ヴァルクだった。
状況を見て。
一瞬、沈黙。
そして。
「……今の、完全にアウトだろ」
「何がだ」
「全部だよ」
即答。
「触れかけただけだぞ?」
「だから止めた」
「やりすぎだろ」
「問題ない」
「あるわ」
ため息。
そして。
「……お前、絶対加減しないタイプだな」
呆れた声。
レオンハルトは、否定しない。
その代わりに。
アルセリアの手を、ほんの少しだけ引く。
自分の側へ。
当然のように。
離さない前提で。
「……必要ない」
小さく、呟く。
それが誰に向けた言葉か。
考える必要はなかった。
理屈では説明できない部分もありますが、本人は気にしていないようです。
このあたりから周囲も気づき始めています。




