■番外編③「静かな独占」
少しだけ、静かに感情が見えるお話です。
それは。
ごく、些細な出来事だった。
***
「では、その件は後ほど」
「ええ、助かります」
アルセリアは、軽く頭を下げる。
相手は、騎士団の若手の一人だった。
報告の途中。
ほんの短い会話。
それだけのこと。
だが。
「アルセリア」
声が、落ちる。
振り返る。
レオンハルトが、立っていた。
「殿下」
いつも通りに、呼ぶ。
だが。
(……観測)
空気が、違う。
静かで。
冷えている。
レオンハルトは、何も言わない。
ただ。
視線だけが、アルセリアではなく——
その隣の騎士へ向けられる。
一瞬。
沈黙。
騎士の背筋が、わずかに伸びる。
「……失礼いたします」
短く言い残し、その場を離れた。
去り際。
明らかに安堵していた。
(……圧)
アルセリアは、状況を整理する。
だが。
原因は、分からない。
「……殿下?」
問いかける。
レオンハルトは、ようやく視線を戻した。
「何の話だ」
短い言葉。
だが、声音が低い。
(……異常)
「先ほどの会話ですが」
正直に言う。
「問題はありませんでした」
「……そうか」
それだけ。
だが。
終わらない。
沈黙が、残る。
(……未処理)
アルセリアは、一歩近づく。
「殿下」
「何だ」
即答。
だが、視線は逸らされる。
(……回避)
「何か、問題がありましたか」
正面から問う。
逃げない。
今回は。
レオンハルトは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……いや」
短く、否定する。
だが。
それは、終わっていない否定だった。
(……矛盾)
アルセリアは、さらに一歩近づく。
距離が、詰まる。
レオンハルトの視線が、わずかに動く。
「では」
静かに言う。
「なぜ、あの騎士はあのような反応を」
言い切る前に。
腕を掴まれた。
「……っ」
引かれる。
距離が、一気に詰まる。
視線が、重なる。
近い。
逃げ場が、ない。
(……逃走経路、限定)
「……アルセリア」
低い声。
抑えられている。
だが、確実に感情がある。
「はい」
逸らさない。
受け止める。
「……さっきの男と、何を話していた」
一瞬。
思考が止まる。
(……それ)
原因。
理解する。
「業務報告です」
正確に答える。
間違いはない。
だが。
レオンハルトは、黙ったまま。
手を離さない。
そのまま。
「……随分と、距離が近かったな」
低く、落とされる。
(……距離)
アルセリアは、即座に比較する。
そして。
「殿下よりは、離れておりました」
事実を述べる。
一拍。
沈黙。
そして。
レオンハルトが、目を細めた。
「……そういう話をしているんじゃない」
初めて。
わずかに、苛立ちが混じる。
アルセリアは、理解する。
(……定義が違う)
「では、どの距離を指しておられますか」
問う。
逃げない。
その言葉に。
レオンハルトは、深く息を吐いた。
「……分からないのか」
低く。
確認するように。
アルセリアは、迷わない。
「分かりません」
正直に答える。
逃げずに。
隠さずに。
その瞬間。
レオンハルトの手に、わずかに力が入る。
引き寄せる。
さらに近い。
ほとんど、触れている距離。
「……俺は」
言葉が、低い。
近い。
「お前が、他の男と近い距離にいるのが」
一瞬、止まる。
だが。
言う。
「……面白くないな」
静かな言葉。
だが。
逃げ場のない、本音。
(……これが)
理解が、追いつく。
遅れて。
(……嫉妬)
その概念に、辿り着く。
アルセリアは、息を整える。
(……仮説検証)
そして。
ゆっくりと。
一歩。
さらに近づく。
距離が、完全に消える。
逃げない。
逸らさない。
「……殿下」
「何だ」
「それは」
一瞬、迷う。
だが。
言う。
「私が、殿下にとって特別であるという認識で、問題ありませんか」
一拍。
沈黙。
そして。
レオンハルトが、わずかに笑う。
だが。
それは、穏やかなものではなかった。
「……今さら何を言っている」
低く、返す。
そのまま。
さらに引き寄せる。
完全に。
逃げ場を消す。
「最初から、そうだ」
言い切る。
その言葉に。
アルセリアの胸が、強く鳴る。
(……理解)
今度は。
正しく。
「……なら」
アルセリアは、視線を逸らさずに言う。
「他の方との距離は、調整いたします」
即答だった。
迷いなく。
その瞬間。
レオンハルトの動きが、止まる。
「……違う」
短く、否定。
そして。
額が、軽く触れる。
逃げ場を与えない距離で。
近い。
あまりにも。
「そういう話じゃない」
低く。
静かに。
「お前がどうするかじゃなくて」
一瞬。
言葉が、柔らかくなる。
「……俺が、どう思うかだ」
アルセリアは、その言葉を受け止める。
そして。
ゆっくりと、頷く。
「……では」
一歩。
わずかに、寄せる。
「殿下が、そう思わない距離を」
静かに、言う。
「教えてください」
その言葉に。
レオンハルトは、ほんの一瞬だけ目を見開き。
そして。
小さく、息を吐いた。
「……面倒だな」
呟く。
だが。
次の瞬間。
アルセリアの手を取る。
強く。
確実に。
「これだ」
言い切る。
そのまま、離さない。
(……固定)
アルセリアは、その状態を受け入れる。
そして。
小さく頷いた。
「……理解しました」
その様子を。
少し離れた場所で見ていたヴァルクは。
「……あーあ」
小さく、呟いた。
「終わったな、色々と」
少し間を置いて。
「……主に俺の胃が」
言葉にすると一気に分かりやすくなるものですね。
ここから関係が少しだけ変わっていきます。
引き続き見守っていただけると嬉しいです。




