第12話最終話「華麗なる事情」
最終話です。
ここまでのすべての“事情”に、
一つの結論が出ます。
“見る”ということが。
こんなにも、難しくて。
こんなにも、簡単なことだったとは。
アルセリアは、静かに息を吐いた。
視線の先。
レオンハルトが、こちらへ歩いてくる。
以前と同じ距離。 同じ歩幅。
(……違う)
もう。
見失わない。
***
庭園。
あの日と、同じ場所。
同じ時間。
同じ距離。
けれど。
そこにある意味は、すべて変わっていた。
「殿下」
アルセリアは、静かに呼びかける。
レオンハルトが足を止める。
視線が、重なる。
逸らさない。
今度は、互いに。
「……どうした」
短い問い。
その奥にあるものを。
今のアルセリアは、理解できる。
(……待っている)
踏み込むのを。
言葉を。
選ぶのを。
待っている。
だから。
逃げない。
「……お話があります」
ゆっくりと、言う。
迷いは、ある。
それでも。
止まらない。
「……あの時のことです」
レオンハルトの視線が、わずかに揺れる。
だが、逸らさない。
受け止める。
「私は」
言葉を、探す。
正解ではない。
ただ。
伝わる言葉を。
「……間違えておりました」
静かに、告げる。
沈黙。
怖くない。
今は。
「殿下のお言葉も」
続ける。
「殿下のお気持ちも」
一歩、踏み出す。
「すべて」
胸が、強く鳴る。
それでも。
「理解しているつもりで」
言葉が、わずかに揺れる。
だが。
逃げない。
「……何も、見ていなかった」
言い切る。
風が、静かに揺れる。
レオンハルトは、何も言わない。
ただ、見ている。
その視線から、逃げない。
「ですが」
アルセリアは、息を吸う。
そして。
「今は、違います」
はっきりと、言う。
迷いなく。
「私は」
ほんのわずかに、距離を詰める。
あと一歩で、触れられる距離。
だが。
急がない。
逃げない。
「殿下を、見たいと思っています」
静寂。
時間が、止まる。
その言葉は。
論理ではなく。
正解でもなく。
ただの。
“願い”だった。
レオンハルトは、ゆっくりと息を吐く。
そして。
「……遅いな」
小さく、言う。
その言葉に。
アルセリアの胸が、わずかに痛む。
「……はい」
否定しない。
できない。
それが、事実だから。
だが。
今度は、止まらない。
「それでも」
続ける。
「今からでも」
さらに一歩。
距離が、完全に重なる。
逃げない。
逸らさない。
「やり直したいと、思っています」
その言葉は。
願いだった。
選択だった。
そして。
初めての、“意思”だった。
沈黙。
長い。
重い。
だが。
今は、逃げない。
レオンハルトは、しばらく何も言わなかった。
ただ。
アルセリアを見ている。
試すように。
確かめるように。
そして。
やがて。
「……一つ、聞いていいか」
静かな声。
「はい」
即答。
「今度は」
一瞬。
間が空く。
その間にあるのは。
過去と。
躊躇と。
そして。
ほんのわずかな、期待。
「……俺を見ているか」
問い。
あの時と同じ。
だが。
意味は、違う。
アルセリアは、迷わなかった。
一歩。
ゆっくりと、踏み出す。
距離が、消える。
逃げない。
逸らさない。
まっすぐに。
見つめる。
「……はい」
小さく。
だが。
確かに。
答える。
今度は。
同じ意味で。
その瞬間。
レオンハルトの手が、伸びる。
一瞬だけ、止まる。
だが。
今度は、迷わない。
アルセリアの手に、触れる。
温度が、伝わる。
逃げない。
離さない。
初めて。
同じ前提で。
繋がる。
レオンハルトは、小さく息を吐く。
そして。
「……なら」
ほんのわずかに、引き寄せる。
距離が、さらに近づく。
「今度は、離すな」
それは。
命令ではなかった。
確認でもない。
ただの。
願いだった。
アルセリアは、ゆっくりと頷く。
「……はい」
その答えは。
今度こそ。
同じ意味で、交わされた。
***
その日。
アルセリアは、一つの結論に至った。
完璧であることは、義務だった。
だが。
それだけでは、足りなかった。
理解すること。
見ようとすること。
そして。
伝えること。
それらすべてがあって、初めて。
関係は、成立する。
だから。
彼女は、もう迷わない。
“最適解”ではなく。
“自分の意思”で。
選ぶ。
そして。
その選択は。
決して、間違いではないと。
今なら、言える。
──これが。
ステレス令嬢の。
華麗なる事情。
──終
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
“最適解”ではなく、
“自分の意思”で選んだ結論です。
この後は、
少しだけ甘い番外編が続きます。
よろしければ、もう少しだけお付き合いください。




