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EP 9

不穏な足音と【隣村の滅亡】

その報せは、泥と血の匂いと共に村へ転がり込んできた。

「た、たす……助け……!」

ポポロ村の広場に倒れ込んだのは、隣村との交易を行っていた行商人だった。

荷馬車はなく、服はズタズタに引き裂かれている。

「おい、しっかりしろ! 何があった!」

「道を開けろ。バイタルを確認する」

騒ぐ村人たちを掻き分け、優太がいち早く倒れた男のそばに膝をついた。

頸動脈に指を当てる。脈拍140、異常な頻脈。呼吸は浅く速い。瞳孔は極限まで開き、虚空を見つめてガタガタと震えている。

(出血は……ない。外傷も軽微。だが、重度の精神的ショック状態(PTSD)だ)

「落ち着け。ここは安全だ。何を見た?」

「む、村が……トール村が、喰われた……っ!」

男は優太の腕を血の気の引いた手で強く掴み、狂乱したように叫んだ。

「夜だった……! 突然、金属の羽音が響いて……鋼鉄の顎を持った『蟲』の群れが、空を覆い尽くして……! 兵士も、家も、家畜も……一晩で、全部、残らず喰い尽くされたぁぁッ!!」

広場が、水を打ったように静まり返った。

トール村。ここから馬で半日の距離にある、防壁を備えた中規模の農村だ。それが『金属の蟲』によって一晩で消滅した。

優太の脳内で、瞬時に最悪のシミュレーションが展開される。

(金属の蟲……生体兵器か、自律型のドローンスウォームか。いずれにせよ、通常の魔獣とは次元が違う。この村の木柵と自警団の武装では、防衛線の構築すら不可能だ)

「そんな……トール村には、私の知り合いもたくさん……っ」

駆けつけたキャルルが、顔面を蒼白にして口元を押さえた。

彼女の足が震え、今にも飛び出していきそうな気配を察知し、優太は「早まるな」と釘を刺そうとした。

だが、男が持ってきた『絶望』は、それだけではなかった。

「お、お逃げくだせぇ、村長様……! その蟲の噂を聞きつけて、三大国の役人どもがこっちに向かってる……! 奴ら、『蟲から守ってやる代わりに、ポポロ村の特産品と月光薬の権利をすべて引き渡せ』って……!」

村人たちの顔に、決定的な絶望が張り付いた。

外には未知の虐殺兵器である死蟲。そして内には、それにつけ込んで村を合法的に乗っ取ろうとする大国のクズ役人ども。

逃げ場のない、完全な包囲網。

「……最悪のタイミングだな」

優太は立ち上がり、電子ボードを起動した。

現在の善行ポイントは16p。ガチャを引くには遠く及ばず、召喚できるのはせいぜい鎮痛剤かバリケード用の有刺鉄線くらいだ。

相手が国家の役人であれば、TCCC(戦術医療)の論理も物理的な制圧も通用しない。

(兵站が、完全に絶たれる)

「皆の者、武器を取れ! 俺様が役人どもを叩き斬ってやる!」

「バカ、大国の役人に手を出せば、今度こそ正規軍が攻めてくるぞ!」

イグニスが斧を振り回し、自警団がパニックに陥る。

優太が『鎮圧用催涙スプレー(3p)』をポチろうと指を伸ばした、その時。

カチャリ。

狂騒に包まれた広場に、場違いなほど優雅な、陶器の触れ合う音が響いた。

「キャルル様。ダージリン・ティーをお持ちしました。心が落ち着きますよ」

振り向くと、そこには銀のトレイを恭しく掲げた燕尾服の男――リバロンが立っていた。

完璧な姿勢。その表情には、焦りや恐怖など微塵も存在しない。

「リ、リバロン……! でも、村が……役人が来たら、ポポロ村は……っ」

「案ずることはありません、我がマスター

リバロンは、震えるキャルルに温かいティーカップを手渡すと、スッと目を細めた。

その瞳の奥に、絶対的な零度の『殺意』が閃いたのを、優太は見逃さなかった。

「害虫が外をうろついているようですが……村の中に入り込んだ『粗大ゴミ(役人)』のお掃除については、すでに準備が完了しております」

「せやせや。ワイの算盤も、ええ音鳴っとるで」

リバロンの背後から、煙管きせるを吹かしながらニャングルが顔を出した。

彼はニヤァッと口角を吊り上げ、手元の算盤をパチパチと弾く。

「大国の役人様が、わざわざこんなド田舎まで足を運んでくれはるんや。……骨の髄まで、しゃぶり尽くさなアカンなぁ」

圧倒的な危機を前にして、執事と商人は冷酷な笑みを浮かべていた。

魔法も、剣も、大砲も使えない非戦闘員の二人。

だが、彼らが放つ異様なプレッシャーは、戦場で死線を潜り抜けてきた優太の肌を粟立たせるのに十分だった。

(……なるほど。俺が『物理的な兵站』を守るなら、こいつらは『社会的な防衛線』というわけか)

優太は電子ボードのウィンドウを静かに閉じた。

「……患者は俺が診る。お前らは、お前らの仕事をしろ」

「ええ。ドクター優太。ベッドメイク(後始末)は、お願いいたしますよ」

足音は、すぐそこまで迫っていた。

世界最恐の武装農村と、欲に目が眩んだ愚かな役人たちの、一方的な蹂躙劇の幕が上がろうとしていた。

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