EP 10
嫌な役人たちの来訪
轟音と共に、ポポロ村の広場に三台の豪奢な乗り物が乗り込んできた。
一台目は、ルナミス帝国のエンブレムを掲げた黒光りする『魔導装甲車』。
二台目は、レオンハート王国の屈強なロックバイソンが牽く『重装馬車』。
三台目は、アバロン皇国の紋章が刻まれた、宙を浮く『魔法絨毯』。
砂埃を巻き上げながら、広場の中央に陣取るように停車したそれらから、三人の男が降り立った。
「……チッ。いつ来ても泥臭くて虫酸が走る辺境だ」
鼻をハンカチで覆いながら吐き捨てたのは、アバロン皇国の魔族官僚。
「違いない。俺の毛並みに土埃がつく。とっとと終わらせるぞ」
面倒くさそうに首を鳴らした、レオンハート王国の獣人将校。
「まあそう言うな。ここには我々を潤す『金の卵』が転がっているのだから」
魔導車から降り立ち、葉巻の煙を村人たちの顔に吹きかけたのは、ルナミス帝国の特命役人だった。
普段はいがみ合っているはずの三大国。
その末端のクズどもが、この時ばかりは醜悪な笑みを浮かべて結託していた。
「キャルル村長はおいでかな?」
広場に集まった村人たちが、恐怖で道をあける。
その奥から、毅然とした態度でキャルルが進み出た。彼女の後ろには、一切の表情を崩さないリバロンが控えている。
「私が村長です。……三大国の要人の方々が揃って、本日はどのようなご用件でしょうか」
「挨拶は不要だ、元・近衛候補殿」
ルナミスの役人が、懐から分厚い羊皮紙の束を取り出し、キャルルの足元へ無造作に投げ捨てた。
バサッ、と泥の上に契約書が散らばる。
「今すぐそれにサインしろ。内容は簡単な『保護条約』だ」
キャルルは泥に汚れた羊皮紙を拾い上げ、目を通した。
その瞬間、彼女の兎耳がピンと逆立ち、赤い瞳が見開かれた。
「なっ……!? 月見大根と太陽芋の収穫量の九割を徴収!? さらに『月光薬』の製造権を三国で完全独占し、税をこれまでの十倍に引き上げる……!? こんなもの、ただの略奪です! 村人が飢え死にしてしまいます!」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うな」
レオンハートの将校が、ニタニタと笑いながら一歩前に出た。
「隣の『トール村』の惨状は耳に入っているだろう? 一晩で鉄の蟲に喰い尽くされたってなぁ。……我々三大国の『正規軍』が国境を封鎖しなければ、次は間違いなくこのポポロ村の番だ」
「それは……っ」
「我々は、お前たちを守ってやると言っているのだ。そのための『正当な防衛費』だろう?」
アバロンの官僚が、小馬鹿にしたように鼻で笑う。
典型的なマフィアの『みかじめ料』の要求。
いや、大国の権力を笠に着ている分、タチが悪い。
広場の端で、腕を組んで成り行きを見ていた優太は、奥歯を強く噛み締めた。
(クソ野郎どもめ。防衛網を敷くどころか、死蟲(脅威)を利用して村の利権を合法的に巻き上げる気か)
優太の指先が、空中のUIを呼び出す。
現在の善行ポイントは16p。
スタンガンや催涙ガスなら出せる。あの三人の顔面にぶち込み、物理的に制圧するのは造作もない。
だが、優太の戦術脳がそれにストップをかける。
ここで手を出せば、三大国に『ポポロ村が反旗を翻した』という大義名分を与えることになる。正規軍が雪崩れ込んでくれば、今の村の戦力では一日と持たない。
キャルルもそれを痛いほど理解していた。
彼女の握りしめた拳から、血が滲む。
彼女の圧倒的な身体能力をもってすれば、目の前の三人の首を刎ねることなど一秒もかからない。
だが、それをすれば村の老人や子供たちが軍の標的になる。
「……どうした? サインできないのか?」
ルナミスの役人が、キャルルの顔を覗き込み、ねっとりとした声で囁いた。
「いいんだぞ? 拒否しても。だがその場合、我々の軍はポポロ村の周囲から完全に撤退する。明日の夜、お前らが無力に逃げ惑い、蟲の餌食になるのを高みの見物と洒落込ませてもらおう。……なぁに、全滅した後に、安全に特産品を回収するだけのことだ」
卑劣極まりない脅迫。
村人たちの顔から血の気が引き、絶望のすすり泣きが漏れ始めた。
「……っ」
優太が堪えきれず、腰の薙刀(木の枝)に手を伸ばしかけた、その時。
カチャパチ、カチャ。
静寂に包まれた広場に、場違いな『木珠』の弾ける音が響いた。
「……ひぃ、ふぅ、みぃ……」
キャルルの斜め後ろ。
ニャングルが、口に咥えた煙管を揺らしながら、狂ったような速度で算盤を弾いていた。
その横では、リバロンが懐中時計を開き、秒針の音に耳を澄ませている。
役人たちの背後に立つ『護衛の兵士たち』の数、配置、そして退路。
執事と商人の目は、怒りでも絶望でもなく、純粋な『作業工程』を見つめる冷徹な光を放っていた。
「……待て、ドクター優太」
優太の耳に、リバロンの微かな声が届いた。
読心術でも使ったかのように、優太の殺気を察知しての牽制だった。
「ゴミの分別には、手順というものがあります。……彼らが『完全に一線を越える』まで、あと少しの辛抱です」
悪徳役人たちの嘲笑が響き渡る広場で。
反撃の刃は、最も冷酷な形で研ぎ澄まされようとしていた。




