EP 6
愛すべき馬鹿、イグニス参上
ポポロ村に居着いて数日。
優太は朝から、村の中央を流れる生活用水路の溝浚いに従事していた。
『現在の善行ポイント:12p』
(地道だが、確実な兵站整備だ)
優太は泥だらけになりながら、スコップで堆積したヘドロを掻き出していた。
一掻きごとに『ピコンッ』と1pずつ加算されていく。
外科医の手は、今や完全に熟練の土木作業員のそれだった。
「ユウタさーん! 休憩にしませんかぁ!?」
水路の脇から、キャルルが明るい声をかけた。
彼女の隣では、リーザが泥だらけの優太を見て「ダーリン、泥遊びですか? 汚いですねぇ」と眉をひそめている。
「……いや、キリが良いところまでやる」
優太がスコップの手を止めずに応じた、その時。
『グォォォォォォォッ!!』
上空から、鼓膜を震わせるような咆哮が響いた。
「「「……っ!!?」」」
村人たちが一斉に見上げ、キャルルが兎耳をピンと立てる。
優太が視線を向けると、空から巨大な影が高速で接近し、村の広場へ向かって一直線に急降下してきた。
ズォォォォォォォンッ!!
爆発音と共に、土煙が盛大に舞い上がる。
凄まじい着地衝撃に、優太が浚っていた溝の水が逆流し、周囲に泥が撒き散らされた。
「ゴホッ、ゲホッ……! 誰ですかぁ、派手な登場は!」
「……最悪だ。作業が台無しだ」
泥を被った優太が冷ややかな視線を向けると、土煙の向こうから、一人の男が悠然と歩み寄ってきた。
全身を強靭な鱗に覆われ、背中には巨大な翼。
竜人族。その手には、身の丈ほどもある無骨な両手斧が握られている。
「ハッハッハッ! 案ずるな村人共! この俺様、イグニス・ドラグーンが帰還したぞ!」
男――イグニスは、斧を地面に突き立て、自信満々に胸を張った。
竜人族特有の威圧感。だが、その瞳には強者の鋭さではなく、どこか抜けたような、子供っぽい全能感が宿っていた。
「親父! お袋! 俺様は人間の街で英雄扱いされて城が――」
「あ、イグニス。お帰りなさい。城は建ってないって、冒険者ギルドから手紙が来てましたよ」
キャルルの容赦ない事実確認に、イグニスの言葉がピタリと止まる。
「……えっ? 手紙……?」
「はい。『実力はあるが、素材を傷つけすぎて使い物にならない』って」
「うぐっ……! それは、その……俺様の力が強すぎるゆえの、些細な事故だ!」
イグニスは顔を真っ赤にして、斧を振り回した。
その拍子に、斧の刃にこびりついていた魔獣の脂と、着地で跳ね上がった泥が、再び優太の顔面に直撃した。
「……おい、トカゲ」
優太の声は、底冷えするほど低かった。
外科医の手が、泥を拭いながら、ゆっくりとボードUIを起動する。
(せっかく浚った溝が埋まり、俺は泥だらけ。……修正が必要だ)
「あぁん? なんだお前、見かけない顔だな。……ひぃっ!?」
イグニスが優太の殺気に気づき、後ずさりする。
「溝掃除の邪魔だ。……ついでに、その斧と鱗の汚れ、俺が『物理的に』落としてやる」
『検索:エンジン式超高圧洗浄機(プロ仕様・洗剤インジェクター付き)』
『消費ポイント:5p。確定しますか?』
(確定だ。……フルパワーでな)
優太の手の中に、異形の魔導具――緑色の筐体にエンジンを搭載した、地球の『超高圧洗浄機』が顕現した。
彼は慣れた手付きでスターターロープを引く。
ギャリリリリリリリッ!!!
ブルォォォォォォォォォンッ!!!
厨房の強力洗剤とは比較にならない、爆音のエンジン音が村中に轟いた。
村人たちが「な、なんだあの禍々しい魔音は!?」とパニックになり、リーザが耳を塞いで蹲る。
「……行くぞ」
優太はガン(トリガー)を握り、イグニスに向けて先端を向けた。
ブルォォォォォォォォォッ!!!
――シュパァァァァァァァァァァッッ!!!!
銃声のような破裂音と共に、ノズルから『時速500km』を超える、超高圧の水線が射出された。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!?」
イグニスの悲鳴。
竜人族の強靭な鱗に直撃した水線は、汚れを落とすどころか、彼を物理的に押し流し、広場の石畳の上を「ズサーッ」と滑らせた。
「な、ななな、何を――っ! 水が、水が刺さる! 痛い痛い痛いっ!!」
「動くな。まだ斧が汚れている」
優太は冷酷に、イグニスが手放した両手斧に向けて水線を集中させる。
こびりついていた魔獣の脂、泥、錆が、超高圧の水圧によって「バリバリバリッ」と音を立てて剥がれ落ち、下から新品同様の鋼鉄の輝きが現れた。
ブルォォォォォォォォォッ!!!
「ひ、ひぃぃん! 俺様の鱗が、俺様の誇りがァァァッ!!」
最後の一仕上げに、優太は水線をイグニスの全身に浴びせかけた。
竜の鱗の隙間に詰まった汚れが全て吹き飛び、ピカピカに磨き上げられた、不自然なほど輝く竜人がそこに完成した。
カシャ、と優太がガンを置く。
エンジン音が止まり、静寂が訪れた。
広場の中心で、ピカピカに磨き上げられたイグニスが、放心状態で座り込んでいた。
彼の愛用の両手斧は、鏡のように周囲の景色を映し出している。
「「「……おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」」
村人たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
「す、すげぇ! 竜人族の鱗を、一瞬でピカピカに!」
「あの魔導具、伝説の『浄化の光線』か!?」
「さすが村長を救った大魔法使い様だ! イグニス隊長を一瞬で無力化するなんて!」
「……だから、ただの高圧洗浄機だ」
優太は泥だらけの自分を見下ろし、ため息をついた。
だが、視界のUIには。
『ピコンッ』
【善行:村の景観美化と、自警団リーダーの『物理的更生』により 10p 獲得しました】
(……結果オーライか)
「ううぅ……、俺様が、こんな、綺麗に……」
ピカピカになったイグニスは、自分の腕の鱗を眺め、ショックと、少しだけ「綺麗になった」ことへの喜びが混ざった、複雑な表情で涙を流していた。
ポポロ村の自警団リーダー、イグニス・ドラグーン。
彼の「愛すべき馬鹿」としてのポンコツ伝説は、優太の「地球製ガジェット」によって、より一層ピカピカに、そしてシュールに磨き上げられることとなった。




