EP 4
ポポロ村の北極星
角狼の脅威が去り、夕闇に包まれ始めたポポロ村。
村の中央にある、簡素だが手入れの行き届いた村長宅へ、キャルルは運び込まれた。
優太が処置を終えて部屋を出ると、そこには村人たちが固唾を呑んで集まっていた。
「……処置は終わった。命に別状はない。今は眠っている」
優太が淡々と告げると、安堵の溜息が波のように広がった。
中には涙を流して祈り始める者もいる。自衛隊の被災地派遣でも何度も見た光景だが、この村の人々が少女に向ける視線には、単なる指導者への敬意を超えた「依存」に近い純粋な愛情があった。
「ユウタさん! お疲れ様ですぅ!」
その空気を読まずに駆け寄ってきたのは、案の定、リーザだった。
彼女の両脇には、村のおばちゃんから貰ったらしい「パンの耳」が詰まった袋が抱えられている。
「見てください! 救援物資です! このポポロ村、意外と配給がいいですよ!」
リーザは袋からパンの耳を取り出すと、幸せそうに頬張った。
雑草を食っていた時とは比較にならないほど、その表情は輝いている。
「……お前、少しは心配したらどうだ」
「心配してますよぉ! だから、お腹いっぱい食べて村長を元気づけるんです。アイドルが元気じゃないと、ファン(村人)も暗くなりますからね!」
口の端にパン屑をつけながら胸を張るポンコツ人魚を無視し、優太は村の広場を見渡した。
そこには、傷ついた自警団に駆け寄る家族や、炊き出しの準備を始める老人たちの姿があった。
ルナミス帝国の近代的な魔導兵器もなければ、レオンハート王国の強固な闘気もない。
ただ、血を吐いてでも他者を守ろうとする「北極星」のような少女と、彼女を囲んで笑う人々がいる。
(……非効率だ。守りも薄く、資源も乏しい。戦術的には真っ先に放棄すべき拠点だ)
優太は、自らのリュックの重みを肩で感じた。
『備えよ常に(Be Prepared)』。
彼の人生のモットーは、常に最悪の事態を想定することだ。
この村は、あまりにも脆い。
だが、リーザが美味そうに食うパンの耳や、キャルルの献身が作り出すこの「歪な平穏」は、かつて優太がアメリカの銃撃戦で失い、その後自衛隊という組織の中でも守りきれなかった「何か」に似ていた。
「おい、アイドル。……いや、リーザ」
「はいっ? もしかして、パンの耳、一口いります?」
「いらん。……この村に、まともな医者はいないのか?」
リーザはパンを咀嚼しながら、小首を傾げた。
「治癒魔法を使える人は何人かいますけど、ユウタさんみたいに『布を突っ込んで治す』人はいませんね。村長もいつも無理しちゃうし……」
優太は空中の電子ボードを指先で弾き、ログを確認した。
キャルルを救ったことで得られた善行ポイントが、着実に加算されている。
(ここは、兵站が破綻している。……修正が必要だ)
翌朝、目を覚ましたキャルルが最初に見たのは、部屋の隅で黙々と「救急キット」の中身を点検している優太の背中だった。
「……あの、昨日の魔法使いさん……?」
「魔法使いじゃない。医官だ」
優太は振り返らず、冷淡な声で応じた。
「キャルル村長。あんたの回復魔法は、戦術的に見て自殺志願者のそれだ。死にたければ勝手にすればいいが、あんたが死ねばこの村の『兵站(日常)』は一晩で崩壊する」
キャルルは、包帯を巻かれた脇腹を押さえながら、ぽかんと口を開けた。
そんな風に自分を叱りつける人間は、ルナミス帝国を亡命して以来、初めてだったからだ。
「……だから、俺がこの村に居着くことにした。あんたが血反吐を吐く前に、俺が物理的に止血する。文句はないな?」
優太の言葉に、キャルルの赤い瞳がじわりと潤んだ。
彼女を「王族の近衛候補」という道具としてではなく、一人の「守るべき生命」として扱った、不器用な宣告。
「……はいっ。よろしくお願いします、ユウタさん!」
キャルルの満開の笑顔。
その背後で、リーザが勝手に優太のリュックから非常食のチョコを見つけ出し、歓喜の声を上げている。
優太は、窓の外に広がるのどかな農村風景を眺めた。
ここが、新しい自分の戦場(病院)になる。
元・戦術医官、中村優太。
「世界最恐の武装農村」への第一歩は、一人の「アホなウサギ」を救うことから始まった。




