EP 3
静かなるリアリスト、介入す
「ガァァァッ!」
血の匂いに興奮した角狼の一頭が、崩れ落ちたキャルルの細い首へ狙いを定め、跳躍した。
自警団の悲鳴が上がる。
――ドンッ!
だが次の瞬間、角狼の巨体は空中で「く」の字に折れ曲がり、真横に弾き飛ばされた。
重い地響きとともに叩きつけられた獣の前に、木の枝を構えた優太が立っていた。
「……っ!? な、なんだお前は!」
「質問は後だ。下がれ」
驚愕する自警団の男を冷たく制し、優太は短く息を吐く。
戦術医療(TCCC)の第一フェーズ。
『Care Under Fire(火線下での救護)』。
戦場において最良の医療とは、まず敵の脅威を物理的に制圧(排除)することだ。
起き上がろうとする角狼の鼻先(急所)へ、優太は容赦なく枝を振り下ろす。
薙刀の鋭い『面』の打撃。骨の砕ける嫌な音が響き、角狼は悲鳴を上げて森の奥へと逃げ去っていった。残る一頭も、得体の知れない優太の殺気に押され、後ずさりして消える。
(火線の制圧、完了)
優太は即座に枝を捨て、倒れているキャルルの元へスライディングするように膝をついた。
「おい、しっかりしろ! ……クソッ、詠唱が追いつかない!」
キャルルの傍らでは、村の魔法使いらしき青年が涙目で杖を振っていた。
だが、キャルルの脇腹からは、先ほどの戦闘で受けた深い裂傷から止めどなく血が溢れ出ている。
「どけ。失血死するぞ」
「な、何を――」
優太は魔法使いを突き飛ばすと、キャルルの傷口に直接手を当てた。
動脈性の出血ではないが、出血量が多すぎる。おまけに自身の魔力枯渇によるショック状態が重なっている。
(ポイント稼ぎだ。恩を売っておいて損はない)
優太は脳内で冷たい言い訳を反芻しながら、空中の電子ボードを叩いた。
『現在の善行ポイント:4p』
『検索:外傷特化医療セット(止血剤、圧迫包帯、医療用ハサミ)……消費ポイント3p。確定しますか?』
(確定だ)
優太の足元に、見慣れたプラスチックのパッケージが音もなく顕現した。
ビリィッ!
静かな戦場に、地球のビニールが破れる異質な音が響く。
優太は医療用ハサミ(トラウマ・シアーズ)で、キャルルの血に染まった服を躊躇なく切り裂き、傷口を完全に露出させた。
「なっ、貴様! 村長になんて破廉恥なことを!」
「黙ってろ。MARCHプロトコル、M(大量出血の制御)に移行する」
優太はパッケージから『コンバットガーゼ(血液凝固剤入り止血ガーゼ)』を取り出すと、キャルルの脇腹の深い裂傷の中へ、親指を使って直接、力強くギュウギュウと詰め込み始めた。
「あ、ぐ……っ!」
「痛いか。生きてる証拠だ、我慢しろ」
魔法のような「優しい光」など一切ない。
傷口に布を直接ねじ込むという、野蛮で、しかし現代医学において最も確実な物理的止血法(創傷パッキング)。
「な、なんて残酷なことを……!」
魔法使いが悲鳴を上げたその時。
溢れ出していたキャルルの血が、ピタリと止まった。
凝固剤が瞬時に反応し、傷口を塞いだのだ。
「え……?」
「圧迫包帯固定。……よし」
数秒間の沈黙。
詠唱も、魔法陣の展開もなし。
ただ「無地の布」を押し当てただけで、熟練の治癒魔法ですら手間取る大量出血を、見知らぬ男がたった十数秒で完全に止めてしまった。
魔法使いも、自警団も、幽霊でも見るかのような目で優太の背中を見つめている。
「……ん、ぁ……」
キャルルの長い睫毛が震え、うっすらと目が開いた。
焦点の合わない赤い瞳が、自分の腹部の傷を的確に処置している優太を映す。
「……あなたは……?」
掠れた声に、優太は脈拍を確認しながら冷たく言い放った。
「他人を助けたいなら、まず自分の出血を管理しろ、アホウサギ」
口調は厳しいが、その手つきは外科医のように繊細で、どこまでも確実だった。
「急ごう。ショック状態だ、暖かい場所へ運ぶぞ。毛布か上着を持ってる奴は出せ」
優太が立ち上がって振り返ると、自警団の男たちが、まるで神からの神託でも受けたかのように、慌てて一斉に自分の上着を脱ぎ始めた。




