EP 7
ルナミス商人のほくそ笑み
「……ひっ、ひっ、ひっ。笑いが止まりませんなぁ」
ルナミスパーラー・ポポロ支店の裏手にある、窓の少ない重役室。
机の上に山と積まれた銀貨と金貨の山を前に、ルナミス帝国の「商人」は下劣な笑い声を漏らしていた。
彼はただの商人ではない。
三大国が不可侵条約を結んだ後、ルナミス帝国の内務卿オルウェルから密命を帯びて派遣された『特務経済工作員』である。
武力で勝てないなら、経済と娯楽で内部から腐らせる。それがルナミス帝国の選んだ『盤外戦術』だった。
商人は、机の上の通信用水晶玉に魔力を流し込んだ。
水晶玉がぼんやりと光り、オルウェル内務卿の冷徹な顔が浮かび上がる。
『……状況はどうなっている、工作員三十三号』
「はっ! 閣下、ご報告いたします。我が帝国の計画は、パーフェクトに進行しております!」
商人は揉み手をしながら、誇らしげに報告を始めた。
「あの忌まわしいポポロ村の第一産業(農業)は完全にストップ。村人たちは我が帝国の遊技機の虜となり、全財産を店に注ぎ込んでおります。さらに、あの絶対的な指導者であったナカムラ・ユウタでさえも、遊技機の『確率論』と『依存性』の前になす術なく、完全にサジを投げました!」
『……ほう』
水晶の向こうで、オルウェルが微かに目を細める。
「あの超兵器を操る悪魔も、人間の『射幸心』という根源的な欲求まではコントロールできなかったというわけです! このまま村の資金を吸い尽くし、食糧(兵站)を枯渇させれば……ポポロ村は一滴の血も流すことなく、我がルナミス帝国の前に経済的敗北を喫するでしょう!」
『……見事だ。武力では神すら出し抜く連中も、文化の侵略には脆かったか。引き続き、絞れるだけ絞り上げろ』
「御意!」
通信が切れ、商人は再び金貨の山に顔を擦り付けた。
「我が帝国の勝利だ……! 歴史に名を残すのは、この私だぁぁっ!」
彼は立ち上がり、マジックミラー越しに店内の様子を見下ろした。
そこには、かつての平和な村の面影は微塵もない。
「軍資金……。誰か、私に軍資金を貸して……。世界樹の葉っぱを担保にするから……」
次期エルフの女王・ルナが、目の下に濃い隈を作り、ゲッソリと痩せこけた顔でフラフラと店内を彷徨っている。
「リスナーのみんなぁ……。もう売るものが、私の着てる神聖な衣しかないのぉ……。スパチャお願いぃぃ……」
天使・キュララが、魔導端末に向かって、ギリギリのデジタル乞食配信を行っている。
「……ぐへへ……。今日の回収率、ノルマ達成……。サバ缶……」
リーザは、全身にガムテープを巻きつけた完全なミイラのような姿になりながら、床を転がり回っていた。
「ひははははッ! 見ろ、あの惨めな姿を! 大国のスパイを震え上がらせた化物どもが、我が帝国の遊技機に完全に脳を焼かれ、這いつくばっている!」
商人は、彼女たちの姿を見て「ギャンブルの快感に溺れた愚か者」だと完全に勘違いし、腹を抱えて笑った。
だが、この商人は何一つ分かっていなかったのだ。
彼女たちが限界まで身を削り、借金をしてまで銀玉を弾き続ける『本当の理由』を。
「……待っててね、龍魔呂さん……ッ。今日こそ、特賞の『ドンペリニヨン(魔力入り)』を当てて……一番の女になってみせるんだから……ッ!」
「……ええ。キャルルなんかに負けない。私が……私が龍魔呂さんの隣に座るのよ……ッ」
彼女たちの口から漏れるのは、パチンコへの執着ではない。
ただひたすらに、あの赤黒いジャケットを着た不器用な男への、狂気的なまでの愛情と執念だった。
「……クソッ」
一方その頃。
ルナミスパーラーから少し離れた枯れかけの畑の脇で、優太は軍用マッチで『アメリカン・スピリット』に火を点け、深く紫煙を吸い込んでいた。
(経済特化の工作員……ルナミスめ、やりやがったな)
相手が経済工作員であることなど、優太の戦術ロジックはとうに看破している。
だが、問題はそこではない。優太がいくら「あれはルナミスの罠だ」と叫んだところで、龍魔呂(推し)に狂った女たちには、もはや小国の陰謀などどうでもいい事なのだ。
『龍魔呂に貢ぐための景品交換所』。パーラーは彼女たちにとって、ただその機能さえ果たしてくれれば、裏で誰が糸を引いていようが関係ない。
(外科的アプローチ(店の物理破壊)に出るか? いや、俺が店を壊せば、依存症の連中(ホスト狂い)から逆恨みされて暴動が起きる。……自分で目を覚まさせるしかない)
優太はタバコを携帯灰皿に押し付けた。
行動心理学もTCCCのロジックも通じない、非論理的な感情のバグ。
(元凶は龍魔呂だ。あいつに直接、引導を渡させる)
優太は、疲労困憊の顔でポポロ亭へと向かった。
すべてを終わらせるための、劇薬(ジゴロの自覚)を処方するために。
そして、ルナミスの商人はまだ暗い部屋で高笑いしていた。
自分たちの「パチンコ」ではなく、村の「無自覚なジゴロ」が彼女たちを狂わせているという真実にも。
そして、その女たちの「推しへの愛」が、やがてルナミス帝国をも巻き込む『理不尽な暴力』へと変貌することにも、全く気づかないまま。




