表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/45

EP 6

静かなる医官の敗北

「キュキュキュキュイィィィィン!!」

「いっけぇぇぇぇっ! リーチ! 激アツだぁぁっ!」

鼓膜を破るような魔導電子音と、光の暴力が渦巻くルナミスパーラー・ポポロ支店。

優太は、耳を塞ぐことなく、G-SHOCKマッドマスターのタイマーをセットし、白衣パーカーのポケットから『行動心理学』のデータが記された戦術ノートを取り出した。

(患者数3名、重度の認知の歪み(ギャンブル依存症・ホスト狂い併発)。これより、ロジックによる心理的トリアージを開始する)

優太が最初にターゲットに定めたのは、最も金銭感覚がバグっている次期エルフの女王・ルナだった。

「おい、ルナ。少し耳を貸せ」

優太は、台のボタンを親の仇のように連打しているルナの肩を叩いた。

「なによユウタ! 今、タロウ様がトラックに轢かれそうな大事なリーチなのよ! 話しかけないで!」

「いいから液晶から目を離せ。……いいか、パチンコというのは『完全確率』だ。この台の大当たり確率は319分の1。お前がいくらボタンを強く叩こうが、台に念を送ろうが、レバーを引いた瞬間に結果(乱数)は決まっている。オカルトは存在しない」

優太はノートを開き、完璧なグラフ(大数の法則)を突きつけた。

「さらに言えば、胴元(店)が絶対に儲かるように『ボーダーライン(損益分岐点)』が設定されている。お前が打てば打つほど、期待値はマイナスに収束し、村の経済(兵站)は削られていくんだ」

論理的で、冷徹なまでの『真実』。

知能の高いエルフである彼女なら、この数字の暴力ロジックを理解し、正気に戻るはずだ。優太はそう確信していた。

だが。

「……期待値?」

ルナは、血走った美しい瞳で優太をギロリと睨み返した。

「バカ言わないで。私の『期待値』はね、龍魔呂さんが私に向かって微笑んでくれる確率のことよ!!」

「は……?」

「319分の1? 上等じゃない! 私の龍魔呂さんへの愛のオカルトで、乱数ごとねじ伏せてみせるわぁぁぁっ!! いけぇぇ、タロウ様ぁぁぁっ!!」

ピカァァァァァッ!!

ルナの狂気的な執念(ボタン強打)に応えるように、液晶画面で建国者タロウがトラックに見事に撥ね飛ばされ、ルチアナが降臨した。

『キュインキュイン! 7・7・7! 大当たりぃぃぃッ!』

「うおおおおぉぉっ! 見たかユウタ! これが愛の力よぉぉっ!! これで龍魔呂さんに『最高級ブランデー』が貢げるわぁぁっ!!」

「……ッ」

優太の提示した大数の法則グラフが、エルフのオカルト(愛)によって完全に物理破壊された瞬間だった。

(チッ……! 理屈(確率)じゃダメだ。心理学で攻める)

優太は気を取り直し、隣で魔導端末スマホを片手に泣きながら台を打っている天使・キュララへと標的を変えた。

「キュララ。お前はもう銀玉(軍資金)が尽きかけてるだろ。今すぐやめろ」

「や、やめられないよぉ……! ここまで回したんだもん……っ! 次の10回転で絶対当たる気がするのぉ!」

「それが『コンコルド効果(サンクコストの罠)』だ」

優太はズバリと切り捨てた。

「これまでに投資した時間やサンクコストを取り戻そうとするあまり、さらに損失を拡大させる心理的バグだ。今ここでやめるのが、一番損失ダメージを最小限に抑える『撤退戦術』だ。損切りしろ」

「損切りぃ……?」

キュララが、純白の羽根を震わせながら優太を見上げた。

「これは損失じゃないよ……! 龍魔呂さんに貢ぐための、私の愛の『投資』だもん!! リスナーのみんな、お願い! 龍魔呂さんの『頭ポンポン』を獲得するために、私にスパチャ(軍資金)をぉぉっ!! 天井まで回すのぉぉっ!!」

『天使ちゃんの愛のために! 1万ゴルド寄付!』

『いけーっ! 限界まで回せぇ!』

魔導端末の画面に、狂ったリスナーからの投げ銭が滝のように流れ始める。

「……バカな。サンクコストを他人のスパチャで無限に補填しやがっただと……!?」

優太の戦術ロジックが、またしても崩れ去る。

「ふふんっ! ユウタさん、いくら数字を並べても無駄ですよぉ!」

横から口を挟んできたのは、すでにドル箱のタワーを築き上げ、完全に「歌舞伎町の頂点に立つ女」の顔になったウサギ村長、キャルルだ。

「パチンコは愛! 龍魔呂さんへの想いの強さが、台の基盤に直接作用するんです! 私のウサギ耳の直感オカルトセンサーが、そう告げていますぅ!」

「基盤に作用するわけねぇだろ! ただの不正改造ゴトだそれは!!」

優太が思わず怒鳴るが、三人の女たちはもう誰も優太の言葉を聞いていなかった。

「「「龍魔呂さんのために、回せ回せぇぇぇっ!!」」」

狂気の合唱と共に、彼女たちは再びハンドルを握りしめ、液晶画面に釘付けになる。

「ぐへへ……確率論……。私のガムテープの回収率きたいちは、百パーセント……ぐへへ……」

足元では、リーザが完全に別の次元で銀玉を拾い続けている。

「…………」

優太は、両手をだらりと下げ、手にしていた『行動心理学』のノートをポロリと床に落とした。

『戦術的戦傷救護(TCCC)ハンドブック』にも。

『標準外科学』にも。

『グリーンベレー式戦闘技術』にも。

【ホストに狂ってオカルトを信じ始めた女たちを、正気に戻す方法】は、ただの一行も記されていなかった。

(……俺の、負けだ)

現代医学も、確率論も、冷徹な算盤ロジックも。

「推しへの愛」という非論理的なバグ(狂気)の前には、完全に無力だった。

「……あいつら、もう俺の手には負えん。外科手術(物理排除)の領域だ」

優太は、疲れ切った顔でパーラーの出口へと足を向けた。

これ以上ここにいれば、医官である自分の脳の細胞ロジックまで溶けてしまう。

「こうなったら、病原菌の発生源ホストに直接対処させるしかねぇ……」

静かなる戦術医官は、ポポロ村に来て初めて、完璧な敗北感を味わいながら、赤いマルボロの煙を吹かしているであろう『元凶のジゴロ』の元へと、重い足取りで向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ