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EP 5

ホスト狂いの誕生

「……聞いた? キュララちゃん」

ポポロ村の広場の片隅。

次期エルフの女王候補であるルナが、周囲を警戒するように声を潜めて、天使族のトップインフルエンサー・キュララに耳打ちをした。

「キャルルちゃんがパチンコで取った景品を龍魔呂さんに渡したら……頭をポンポンされて、『お前のおかげだ』って、あの低いイケボで囁かれたらしいわよ」

「ほ、ほんとおぉぉっ!?」

キュララの背中の純白の羽根が、バサァッ!と限界まで逆立った。

鬼神・龍魔呂。

普段はポポロ亭で寡黙に料理と酒を振る舞い、赤黒いジャケットに身を包む、大人の色気と危険な香りを漂わせる男。彼が時折見せる、子供や弱者に対する底なしの優しさ(ギャップ)は、異世界のヒロインたちにとって、致死量の猛毒に等しかった。

「あの、普段は絶対にデレない龍魔呂さんが……頭ポンポン……っ!」

キュララがゴクリと唾を飲み込む。

「ええ。しかもキャルルちゃん、今日も朝からルナミスパーラーに並んでるわ。『今日は特大ケーキの景品を龍魔呂さんに貢ぐんですぅ!』って、目を血走らせて」

ルナが、美しいエルフの顔を歪め、ギリッと奥歯を噛み締めた。

「……悔しくないの? あのウサギばかりが、龍魔呂さんの『特別ナンバーワン』になるなんて」

「悔しい! 悔しいに決まってるよぉ! 龍魔呂さんに褒められるのは、このキュララであるべきだもん!」

二人の少女の間に、バチバチと不可視の火花が散った。

(龍魔呂さんに一番いい景品(貢ぎ物)を持っていった女が、勝つ……ッ!)

ファンタジー世界の高貴なエルフと神聖な天使が、歌舞伎町のネオン街に蠢く『ホスト狂い』へと完全にクラスチェンジを果たした瞬間だった。

「行くわよ、キュララ! エルフの財力と運、見せつけてやるわ!」

「負けないよぉ! 天使の奇跡で大連チャンさせて、龍魔呂さんの笑顔を独り占めするんだから!」

二人は血走った目で、爆音を轟かせる『ルナミスパーラー・ポポロ支店』へと猛ダッシュで突撃していった。

――数時間後。

「……異常事態(MASCAL)だな、こりゃ」

戦術医官・優太は、パーラーの入り口で腕を組みながら、腕元のG-SHOCKマッドマスターに目を落とした。

店内に充満する狂気と熱気で、見ている優太の心拍数すら上昇している。

「キュインキュインキュイィィィィン!!」

「いっけぇぇぇぇっ! トラック突き破れぇぇっ!!」

店内の特等席(メイン通路の角台)。

そこには、かつての清楚な面影を完全にドブに捨て去った、ポポロ村のヒロインたちの姿があった。

ルナは、美しいプラチナブロンドの髪を振り乱し、台のボタンを親の仇のように連打している。

「なんで!? なんでルチアナ様が出ないのよぉぉっ! 私の純金インゴットを換金させなさいよぉぉっ!」

※優太が「村の経済が即死する」という理由で純金の換金(無限軍資金)を禁止しているため、彼女は地道に銀玉を買って打っている。

その隣では、キュララがスマホ(魔導端末)を構えながら、涙目で台を叩いていた。

「うぅぅ……単発ばっかりだよぉ……! リスナーのみんな、スパチャちょうだい! 龍魔呂さんに高級メロンを貢ぐための軍資金が足りないのぉぉっ!」

さらに奥の台では、すでに数箱のドル箱を積み上げたキャルルが、後から来た二人にマウントを取るようにドヤ顔をしていた。

「ふふんっ! 見ましたかルナさん、キュララちゃん! 私はすでに『高級ワインセット』の交換圏内です! 今夜のポポロ亭で、龍魔呂さんの隣に座るのは私ですぅ!」

「「キーーッ!! 負けるもんですかぁぁっ!!」」

女たちの醜くも恐ろしい『推しへの貢ぎ合い(マウント合戦)』が、パチンコ台を介して限界突破していた。

「……ぐへへ……。女の争いの裏には、こぼれ玉がいっぱい落ちてる……。ガムテープの粘着力が、足りない……ぐへ」

足元では、リーザが相変わらず四つん這いで這いずり回っているが、もはや誰も気にしていない。

「……ふふふ。素晴らしい。実に素晴らしい」

優太の背後から、ルナミス帝国の商人が下劣な笑い声を漏らした。

「見なさい、あの狂態を。村の女どもは完全に遊技機の虜だ。この調子で村の資金を全て我が帝国が吸い上げ、第一産業を崩壊させる……。我々の『経済侵略』は完璧に進行している!」

商人は、自分の策略が図に当たったと確信し、ほくそ笑んでいる。

(……いや、違うぞ。こいつら、もうパチンコ自体はどうでもよくなってる)

優太は、冷や汗を流しながら商人を横目で見た。

この商人は分かっていない。

彼女たちは「ギャンブルの快感」で狂っているのではない。

その先にある『龍魔呂というホストの承認』を得るための、ただの『手段』としてパチンコ台を回しているだけなのだ。

これは、ルナミスの経済侵略などという生易しいものではない。

一人の無自覚なジゴロが生み出した、女たちの無限の愛情と狂気が交差する『底なし沼』だ。

(……マズい。俺の戦術ロジック(TCCC)に、こんな時の対処法は載っていない)

『標準外科学』にも『米陸軍特殊部隊教範』にも、「ホストに狂った女たちを正気に戻す方法」など一行も書かれていない。

「……俺が出るしかないか」

優太は、リュックの中から『行動心理学』のデータファイル(ノート)を取り出し、覚悟を決めてパチンコ台の列へと足を踏み入れた。

理屈が通じない相手に、現代の『ロジック(確率論)』というメスを入れるために。

だが、静かなる医官はまだ分かっていなかった。

「恋は盲目」という言葉が、この異世界においてどれほど非論理的で、圧倒的なバグであるかを。

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