EP 3
第一産業の崩壊
翌朝。
ポポロ村の東に広がる広大な農地で、優太は手にした鍬をポロリと落とした。
「……誰も、いない」
収穫期を迎えた真っ赤なトマトが、重みでツルから落ちて地面で潰れている。
雑草を抜く者も、水路を整備する者もいない。いつもなら夜明けと共に村人たちの活気な声が響き渡るはずの農地には、ただ空虚な風が吹いているだけだった。
優太は血相を変えて村の中心部へ走った。
まさか、三大国が協定を破って村人を拉致したのか。あるいは新たな魔獣の襲撃か。
戦術ロジックをフル回転させながら広場に辿り着いた優太の耳に、その『元凶』の爆音が飛び込んできた。
「キュインキュイィィィィン!! プッシュゥゥゥ!!」
ルナミスパーラー・ポポロ支店。
開店前の早朝だというのに、店の前には農具を放り出した村人たちが、目を血走らせて長蛇の列を作っていた。
そして開店と同時になだれ込み、一心不乱にハンドルを握りしめている。
「……お前ら、畑はどうした!」
優太が店内に怒鳴り込むが、爆音にかき消されて誰一人振り向かない。
村の自警団長である初老の男の肩を掴んで揺さぶると、男は焦点の定まらない目で優太を振り返った。
「ゆ、ユウタ様……。畑なんてやってる場合じゃねぇだす。ここで確変引けば、トマトなんて一生分買えるんだべ……!」
「バカ野郎! 誰も作らなきゃ買うトマト自体がなくなるんだよ!!」
怒鳴る優太の横で、自警団長の打っている台が突如としてけたたましい警告音を鳴らし始めた。
『ピロリロリロリ! 激アツ! 激アツ!!』
盤面の中央に設置された巨大な魔導液晶モニターに、派手なアニメーションが流れ始める。
「な、なんだこの台の演出は……」
優太が呆然と見上げるその台のパネルには、デカデカとこう書かれていた。
『CR 異世界転生トラックでドン 〜ルナミス建国記〜』
液晶画面に映し出されたのは、四畳半のボロアパート。
そこに、ジャージ姿でカップラーメンを啜る、冴えない黒髪の青年が描かれている。
「なんだこいつ……」
「ユウタ様、知らないんだすか! ルナミス帝国の初代皇帝にして建国者、偉大なるサトウ・タロウ様だべ!」
「帝国の創設者、地球からの転生者だったのかよ!!」
優太が盛大にツッコミを入れた直後。
液晶画面のボロアパートの壁をぶち破り、どこからともなく『巨大なトラック』が猛スピードで突っ込んできた。
ドッゴォォォォォンッ!!
ラーメンの汁をぶち撒けながら、トラックに撥ね飛ばされるサトウ・タロウ(建国者)。
宙を舞うタロウのドアップが画面に映し出され、彼が口から血を吐きながら叫ぶ。
『異世界転生かぁ〜? ルチアナ出るか〜!?』
ピカァァァァァッ!!
そのセリフと共に液晶画面が真っ白に発光し、天から美少女(初代皇后ルチアナ)が舞い降りてきた。
『キュインキュインキュイィィィィン!! 7・7・7! 大当たりぃぃぃッ!!』
「うおおおおおぉぉぉぉッ!! タロウ様が轢かれたぞぉぉッ!!」
「ルチアナ様降臨だべさァァァッ!!」
自警団長をはじめ、周囲で見ていた村人たちが狂喜乱舞し、台からジャラジャラと大量の銀玉が吐き出され始める。
建国者がトラックに轢かれる瞬間を娯楽として消費し、脳汁を撒き散らす異世界人たち。
「……狂ってる。この国も、この村も」
優太は、完全に崩壊したロジックの前に立ち尽くした。
村の第一産業(農業)は完全にストップした。このままでは、冬を越すための食糧備蓄(兵站)が底を突き、村は経済的・物理的に餓死する。
「……こうなったら、医官としての荒療治だ」
優太は店を飛び出し、医療テントから机とパイプ椅子を広場の真ん中に引きずり出した。
そして、大きな看板にマジックで書き殴り、ドンと掲げた。
【ギャンブル依存症外来】
優太の空中の電子ボードには、パチンコの『大数の法則』『ボーダーライン理論』『還元率の計算式』、そして『行動心理学に基づく依存症脱却プログラム』の完璧な資料が展開されている。
(ギャンブルは確率のゲームだ。胴元(店)が絶対に儲かるシステム(控除率)を論理的に説明し、彼らの認知の歪みを矯正してやる。……全員、俺のカウンセリングで現実に引き戻してやる!)
静かなる戦術医官は、白衣の襟を正し、完璧な理論武装で患者(村人)が来るのを待ち構えた。
――そして、十時間が経過した。
「……」
日が沈み、冷たい夜風が広場を吹き抜ける。
【ギャンブル依存症外来】の机の前には、ただの一人も患者は現れなかった。
遠くから、ルナミスパーラーの「ジャンジャンバリバリ!」という無慈悲な電子音だけが虚しく響き続けている。
「……チッ。ロジック(正論)じゃ、ドーパミンには勝てねぇってか」
優太は、自分が用意した完璧な確率論のグラフを丸めてゴミ箱に放り投げた。
現代医学と戦術ロジックを駆使する静かなる医官が、異世界の『パチンコ』という名の娯楽兵器の前に、初めて完全敗北を喫した夜だった。
だが、この時の優太はまだマシな方だった。
村の経済崩壊というシリアスな危機の裏で、ポポロ村のヒロインたちによる『別のベクトル(ホスト狂い)の狂気』が、まさにこの夜、産声を上げようとしていたのだから。




