EP 2
グランドオープンと底辺アイドル
「キュキュキュキュイィィィィン!! 右打ちしてくだしゃい!!」
「リーチ! 激アツだべさぁぁぁっ!!」
ルナミスパーラー・ポポロ支店の店内は、鼓膜を殴りつけるような魔導電子音と、村人たちの熱狂的な叫び声でカオスと化していた。
グランドオープン初日。
ただでさえ娯楽の少ない辺境の村に、音と光の暴力で脳汁を強制分泌させるパチンコ台が数十台も並んだのだ。村人たちは農具を放り出し、開店前から長蛇の列を作って、我先にと台の前に陣取っていた。
「……なんだ、この地獄は」
視察(という名目の被害状況の確認)に訪れた優太は、入り口で耳を塞ぎながら顔をしかめた。
見渡す限り、老いも若きも、血走った目で盤面を転がる銀玉を追っている。完全に射幸心に脳を焼かれたギャンブル中毒者の群れだ。
「おや、村の指導者殿。視察でございますか?」
店舗の奥から、ルナミス帝国の商人が揉み手をして現れた。その顔には「計画通り」という下劣な笑みが張り付いている。
「……繁盛してるようだな」
「ええ、大盛況です! 皆様、大変楽しんでおられますよ。さあ、ユウタ様も是非一台――」
「結構だ。俺は自分の汗水で稼いだ兵站しか信用しない」
優太が冷たく一蹴した、その時だった。
「……ぐへ。ぐへへへへへ……」
足元から、地を這うような不気味な笑い声が聞こえた。
優太が視線を落とすと、そこには、青い髪を乱した人魚族の少女――リーザの姿があった。
「……お前、何やってんだ?」
優太は、戦術医療の現場で腸が飛び出た重傷者を見た時よりも、はるかにドン引きした表情で固まった。
リーザは床に四つん這いになり、両手には『粘着面を外側にして逆巻きにした布ガムテープ』をぐるぐると巻きつけていた。
彼女は、客が落としたり弾いたりして床に転がった『銀玉』を、そのガムテープの粘着力でペタペタと回収しながら、ゴキブリのような素早さで店内を這いずり回っていたのだ。
「ぐへへ……。落ちてる玉は、誰のものでもない共有財産……。これで、サバ缶……高級な、サバ缶と交換できる……ぐへへへッ!」
「アイドルの尊厳を床に捨てんな!!」
優太は反射的にリーザの首根っこを掴んで持ち上げた。
「ああっ! 離してくださいユウタさん! あそこのお爺さんの足元に、3発も落ちてるんですぅ! 私のサバ缶がぁぁっ!」
「店員! こいつ出禁(ハイエナ行為)にしろ!」
優太が叫ぶが、商人は「ははは、活気があってよろしいですねぇ」と鼻で笑って黙認する構えだ。底辺の惨めな姿すら、彼らにとっては「娯楽(見世物)」の一部なのだ。
「……ったく、どいつもこいつも」
優太がリーザを店の外へ放り出そうとした、その直後。
バキィッ! ガシャァァンッ!!
今度は店内の中央で、何かがぶっ壊れる派手な音が響いた。
「んだとコラァ! なんでこの穴に入らねぇんだよ!」
「お客様ァァッ!! 困ります、お客様ァァァッ!!」
怒号の中心にいたのは、赤黒い鱗を持つ竜人の戦士、イグニスだった。
彼は自分の打っていたパチンコ台のガラス盤面を両手でバンバンと叩きながら、横で泣き叫ぶルナミス帝国の工作員(店員)の胸ぐらを掴んでいた。
「イグニス! お前、何台ぶっ壊してんだ!」
優太が駆け寄ると、イグニスの台の『玉の投入口』が、物理的にメリメリと破壊され、詰まっていた。
「おう、優太! 見てくれよこのクソ台! 手持ちの銀玉が尽きたから、代わりに俺様の『一番硬い鱗』を剥がしてぶち込んでやろうとしたら、入り口で詰まりやがったんだぜ!」
イグニスは、得意げに自分の腕の剥げた部分を指さした。
その手には、銀玉の数倍はデカい、血のついた竜の鱗が握られている。
「当たり前だろ! サイズも形も違うんだよバカトカゲ!!」
「なんだと!? ただの銀色の玉より、俺様の神聖な鱗の方が価値が高いに決まってんだろ! これで大当たり(フィーバー)させろや!」
「そういうシステムじゃねぇんだよ!! 物理法則と遊技機のルールを同時に破壊すんな!」
優太の怒鳴り声に、店員が涙目で「う、裏の事務所へご案内しますぅ……!」とイグニスを連行していく。あと一歩で完全に出禁になる寸前だ。
「キュイィィィン!! あたったぁぁぁっ! ユウタさん、私大勝利ですぅ!!」
奥の台では、キャルルがウサギ耳をピンと立てて、大量の銀玉の入った箱(ドル箱)を抱えてピョンピョンと跳ねていた。彼女の足元には、すでに幾つものドル箱が積まれている。ビギナーズラックというやつだ。
「……」
四つん這いでガムテープ漁りをする人魚。
鱗をパチンコ台にねじ込む竜人。
ビギナーズラックで脳を焼かれ始めたウサギ。
「……終わってんな、この村」
静かなる戦術医官は、額に手を当てて深いため息をついた。
三大国のスパイすら退けた無敵のポポロ村は今、地球の『娯楽』という名の甘い猛毒によって、その根幹からドロドロに溶かされようとしていた。
そして優太はまだ知らない。
このアホな騒動が、やがて村の女たちを狂気の『ホスト狂い』へと変貌させる、地獄のパンドラの箱の、ほんの序章に過ぎないということを。




