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第三章 パチンコ黙示録ポポロ〜ホスト龍魔呂と狂気の女たち〜

甘い罠と銀玉のロマン

三大国が「ポポロ村は未来永劫、不可侵の聖域とする」という事実上の白旗を掲げてから数週間。

世界最恐の魔境と化した辺境の村には、誰もが拍子抜けするほど穏やかで、退屈なまでの平和が訪れていた。

村人たちは畑を耕し、太陽の光を浴び、夜はポポロ亭で美味い飯を食う。

優太が徹底的に構築・管理する『完璧な兵站インフラ』によって、村の自給自足体制は盤石のものとなっていた。

だが、平和というものは往々にして、外からの武力ではなく、内側の『退屈』から崩壊していくものである。

「――というわけでして。ポポロ村の皆様に、我々ルナミス帝国から『文化交流』と『娯楽』の提供をご提案したく、馳せ参じた次第でございます」

村の広場。

うやうやしく頭を下げるのは、上質なシルクの服に身を包んだ、いかにも胡散臭いルナミス帝国の商人だった。

彼の背後には、馬車から降ろされた巨大な木箱がいくつも並んでいる。

「はえ~。ご苦労さんなこって。で、その娯楽ってのは一体なんやねん?」

ニャングルが、煙管を吹かしながら値踏みするような視線を向ける。

商人はニヤリと唇の端を歪め、大仰な身振りで背後の木箱を覆っていた布をバサリと取り払った。

そこに現れたのは、ガラス張りの盤面に無数の真鍮の釘が打ち込まれ、ピカピカと下品な極彩色の魔導ランプが点滅する、異形の機械群だった。

「おお……! なんて眩しい箱なんだ!」

イグニスが目を輝かせて身を乗り出す。

「これが我が帝国の誇る最新鋭の遊技機……『魔導パチンコ』でございます!」

「パチンコ? な~に? それ」

キャルルが、ウサギ耳をピコピコと揺らしながら小首を傾げた。

「そやなぁ」

商人が答えるより早く、ニャングルが算盤を弾きながらニッと笑った。

「言わば、少額の投資で莫大なリターンを狙う……『銀玉で夢を掴むロマン溢れる場所』や。大当たりの景品の中には、金貨や高級食材もあると聞くで」

「えっ! け、景品!?」

その言葉に、一番過剰な反応を示したのは、みかん箱の上で路上ライブの練習をしていた底辺アイドル・リーザだった。

「パチンコ……! 景品……! 床に落ちてる銀玉を拾い集めるだけで、高級サバ缶と交換できる……ぐへへ、ぐへへへへ……!」

リーザの青い瞳が、完全に「欲望の形」に濁り、よだれを垂らしながら不気味な笑い声を上げる。

「ちょっ、リーザちゃんヨダレ拭いて!」

キャルルが慌ててハンカチを出すが、商人は畳み掛けるように甘い言葉を囁いた。

「いかがでしょう、村長様。この遊技機を設置した店舗……『ルナミスパーラー・ポポロ支店』を村に開店させていただけませんか? 娯楽のない村の皆様に笑顔をもたらし、さらに利益の一部は村の税収として納めさせていただきますぞ」

「税収! それはええ話やないか!」

ニャングルが目を金貨の形にして身を乗り出す。

「そっかぁ。みんなが笑顔になって、村も豊かになるんだね!」

キャルルが、すっかり毒気を抜かれたような純真な笑顔を浮かべた。

「皆が幸せになるなら、ポポロ村にパチンコ店を作るの許可するよ!」

「おお、ありがとうございます! では、さっそく契約書に――」

「――待て」

商人とキャルルが握手を交わそうとしたその時、背後から冷水を浴びせるような、絶対零度の声が響いた。

「俺は反対だ」

ドブ浚い用のスコップを肩に担ぎ、白いタオルを首に巻いた優太が、泥だらけの長靴でズカズカと広場に踏み込んできた。

「ユウタさん! なんでですかぁ? みんな笑顔になるんですよ!」

キャルルが頬を膨らませるが、優太は商人を鋭く睨みつけた。

「笑顔になるのは胴元ルナミスだけだ。ギャンブルってのはな、人間の脳内に報酬系ホルモンを過剰分泌させて、正常な判断力を奪う『合法的な毒薬』だ」

優太はスコップの柄を地面にドンッと突き立てた。

「こんなものを村に置けば、村人は労働の価値を見失い、第一産業(農業)が崩壊する。兵站が死ぬんだよ。絶対に許可しない」

極めて論理的で、戦術医官としての完璧な正論だった。

商人は(この男……! 娯楽の裏に隠された我々の『経済侵略』の意図を一瞬で見抜きおったか!)と冷や汗を流す。

だが。

ポポロ村は、優太の正論が素直にまかり通るようなマトモな村ではない。

「ユウタはん、言うてることは分かるけどな」

ニャングルが、ポンと優太の肩を叩いた。

「娯楽もなしに働き詰めじゃ、メンタルの兵站が死んでまうで? 適度な息抜きは必要や。それに……」

ニャングルがニヤリと笑い、キャルル、リーザ、イグニス、そして集まってきた村人たちを振り返る。

「パチンコ、やってみたい奴! 挙手!」

「はーい! サバ缶ほしいですぅ!」

「俺様も銀玉のロマンとやらを味わってみたいぜぇ!」

「楽しそうだべ!」「賛成ー!」

広場にいるほぼ全員の手が、勢いよく挙がった。

「……ッ」

優太の顔が引き攣る。

「契約成立や。これが村の『総意』なんやで、優太はん」

ニャングルが悪びれもせずに言い放つ。

「……お前ら、後で泣きを見ても知らんぞ」

優太は深いため息をつき、頭を抱えることしかできなかった。どれだけ地球の現代兵器を召喚できようと、民主主義という名の『多数決(バカの集まり)』には勝てないのだ。

それから数日後。

ルナミス帝国の驚異的な建築魔法の突貫工事により、木造建築ばかりのポポロ村の中心に、そこだけ浮きまくっている異質なド派手な建造物が完成した。

キュイン、キュイィィィィン!!

ジャンジャンバリバリ! ジャンジャンバリバリ!!

鼓膜を突き破るような爆音の電子音と、目が眩むようなネオンサイン。

『ルナミスパーラー・ポポロ支店、本日グランドオープン!!』

ついに、ポポロ村に「現代の内部汚染ギャンブル」という名の、パンドラの箱が開かれた。

そしてこの日を境に、優太が死ぬ気で守り抜いてきた平和な村の日常は、血みどろの戦争よりもタチの悪い『狂気』へと転がり落ちていくことになる。

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