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EP 10

世界最恐で、最も優しい村(第2章完結)

数日後。

マンルシア大陸を二分、いや三分する三大国の首脳陣は、かつてないほどの『絶望的な静寂』に包まれていた。

「……これが、我が国最強の隠密たちが命と引き換えに持ち帰った、ポポロ村の最終報告書だ」

ルナミス帝国の戦略会議室。

内務卿オルウェルが、震える手で分厚い羊皮紙の束を机に叩きつけた。

そこには、三人のエリートスパイによる血を吐くような『真実(高度な勘違い)』が記されている。

『第一項:彼らは純金100キロを「子供の小遣い」と称して無造作に扱い、瞬時に市場インフレを操作する時空間魔法を有する』

『第二項:指導者ナカムラは、虚空から「黄色い鋼鉄の攻城竜ショベルカー」を召喚し、単騎で地形を造り変える神の力を持つ』

『第三項:村の酒場では、大国のエリートの理性を一瞬で破壊し、絶対の忠誠を誓わせる洗脳兵器「二郎系(豚神屋)」が提供されている』

『第四項:指導者ナカムラは、魔法すら及ばない未知の病魔ウイルスを、奇妙な透明の管と水(点滴)だけで完全に支配・消滅させる、生死を司る概念的な神である』

「……」

オルウェルは、報告書の最後の一文を読み上げ、深く、深く息を吐き出した。

『結論。あの村は、三大国が束になっても決して勝てない魔境である。未来永劫、手を出してはならない』

同時刻。

レオンハート王国の内務官サイラスも、アバロン皇国のトップも、全く同じ報告書を読み、全員が等しく胃を痛めていた。

武力、経済力、情報戦、そして医療技術。

すべての次元において、ポポロ村は「国家」という枠組みを完全に超越してしまったのだ。

「……全軍に告ぐ。ポポロ村の半径50キロ圏内を『絶対不可侵の聖域』に指定しろ」

オルウェルが、白旗を揚げるように力なく命じた。

「もし、あの村の住人に手を出した者がいれば、国家反逆罪として即刻処刑する。……我々が生き残る道は、あの村の機嫌を損ねないことだけだ」

三大国が、一人の医官とイビツな村人たちに、完全に屈服した瞬間だった。

――一方その頃。

世界を恐怖のどん底に陥れた『最恐の魔境』ことポポロ村では、どこまでも平和でアホな日常が繰り広げられていた。

「わぁぁぁいっ! 今日は特大のフルーツポンチですぅ!」

広場に設けられた宴の席で、リーザが目を輝かせて歓声を上げる。

次期女王候補の天然エルフ・ルナが魔法で生成した山盛りの果物が、透き通ったシロップの海に浮かんでいる。もはや「雑草」や「パンの耳」をかじっていた底辺アイドルの面影はない。

「こらリーザちゃん、一人で全部食べちゃダメだよ! ほら、イグニスさんたちにも分けてあげて」

キャルルが、甲斐甲斐しく取り皿を配って回る。その顔には、かつてのようなトラウマに怯える影はなく、年相応の明るい笑顔が咲いていた。

「ガッハッハ! 俺様はフルーツより肉がいいぜぇ! おいトカゲって言うな!」

イグニスが騒ぎながら、リバロンが完璧な所作で切り分けるローストビーフに齧りつく。

その横では、ニャングルが「フルーツポンチの屋台出したらナンボ儲かるか……」と算盤を弾き、天使のキュララが「今日のポポロ村も平和だよー! スパチャよろしくねッ!」とドローンで全世界配信を行っていた。

うるさくて、規格外で、底抜けに明るい。

これが、優太が「算盤ロジック」と「現代兵器」で守り抜いた、かけがえのない『兵站』の姿だった。

「……騒がしい連中だ」

宴の喧騒から少し離れた、村外れの防壁の上。

優太は、風に吹かれながら一人、呆れたように眼下を見下ろしていた。

「弁当、無駄になっちまったな」

背後から声がし、ドサリと隣に腰を下ろした男がいた。

赤と黒のジャケットを着た鬼神のバーテンダー、龍魔呂だ。

彼の手には、風呂敷に包まれた三つのおにぎり弁当が提げられている。スパイ三人に持たせようと作ったものだが、彼らは夜明け前に、逃げるように村を去ってしまっていた。

「……仕方ない。俺が食う」

優太が一つおにぎりを受け取り、かぶりつく。

塩加減が絶妙に効いていて、不覚にも美味い。

「……吸うか?」

龍魔呂が、いつものように潰れた赤い箱――『マルボロ・レッド』を差し出した。

「もらう」

カチッ、という小さな金属音。

二人の男が、青空に向けて静かに紫煙を吐き出す。

そこへ、「俺様も混ぜろぉ!」と肉を咥えたイグニスが乱入してきて、優太と龍魔呂の間に無理やり座り込んだ。

「なんだお前ら、また渋い顔して煙吐いてんのか。飯がマズくなるぜぇ」

「うるさいトカゲだな。お前は肉でも食ってろ」

「だからトカゲじゃねぇっての!」

三人の男たちが、他愛のない悪態をつきながら笑い合う。

極限の死線を越え、互いの魂の奥底を知る者同士だからこそ許される、穏やかな時間。

「……チッ」

ふと、優太が空中の電子ボードを開き、舌打ちをした。

「なんだ、ヤブ医者。また変な計算でもしてんのか」

龍魔呂が煙を吐きながら呆れたように言うと、優太は「ただの在庫管理だ」と鼻で笑った。

現在の善行ポイント:『0p』。

スパイの治療に全額を投資ベットしたため、また一からやり直しだ。

防壁の補修、水路の清掃、ポポロ亭の裏の草むしり。やるべきドブ浚い(善行)は、まだまだ山のように残っている。

「……よし。食ったら午後から、西の防壁の土台を固めるぞ。イグニス、お前は資材運びだ」

「ええーっ! 食後くらい休ませろよぉ!」

「文句を言うなら、明日の朝飯は抜きだ」

「やります! 徹底的に運ばせていただきますぅ!」

悲鳴を上げるイグニスを蹴り飛ばし、優太は立ち上がった。

龍魔呂も、口元のマルボロを携帯灰皿に放り込み、ニヤリと笑う。

「ポポロ亭のディナーの下ごしらえもある。……さっさと終わらせるぞ、相棒」

「ああ」

優太は、青く澄み渡った空をもう一度見上げ、不織布マスクをポケットに突っ込んだ。

世界最強の暗殺者も、大国の軍隊も恐れて近づかない、世界で一番恐ろしい魔境。

だがそこは、傷ついたはぐれ者たちが寄り添い、共に笑い合える、世界で一番優しい村だった。

静かなる戦術医官は、今日も仲間たちの笑顔を守るため、容赦なく地球の兵器を召喚し、冷徹に算盤を弾き続ける。

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