EP 5
天使の配信
ショベルカー(戦略級攻城兵器)による地下金庫拡張工事の爆音が鳴り止んだ、その日の午後。
村長宅の屋根裏で精神をすり減らしていたスパイ三人は、さらなる『異次元の攻撃』に晒されることとなった。
♪〜〜〜〜ッ!!
突如として、村の広場に軽快で、どこか中毒性のある魔導楽器のジャカジャカという音が響き渡った。
「ハーイ、リスナーの皆さーん! 世界樹様のお膝元から、あなたのハートに直撃! 天使族のトップ・インフルエンサー、キュララだよぉッ!!」
広場の中央。手作りのステージ(みかん箱)の上に、純白の羽根を生やした天使族の少女、キュララが舞い降りていた。彼女の手には、拡声器のような魔導マイクが握られている。
そして、彼女の周囲には、無数の『黒い球体』が、羽音を立てて浮遊していた。
それはガジェット(龍魔呂の信者)が作成した、最新型の魔導配信カメラ(ドローン)群だった。
(な、なんだアレは!? 新種の飛翔型死蟲か!?)
ルナミスのシャドウが、瓦の隙間からその光景を見て、身を硬くする。
(いや、違う! 魔力の波動を感じる……。だが、攻撃魔法の予兆ではない。……何だ、あの不気味な光を放つレンズは!)
アバロンのメフィストが、青ざめた顔で解析を試みる。
(……間違いない。あれは『全方位魔導監視システム』だ!)
レオンハートのガロが、獣人の直感で本能的な恐怖を感じ取る。
(あの天使は、あの球体を使って、村の隅々までをリアルタイムで監視しているんだ! 我々の隠密行動など、最初から筒抜けだったというのか……!)
スパイたちが恐怖に震える中、キュララの配信は全世界に向けて『爆撃』を開始した。
「えー、今日のポポロ村はぁ、なんと! あの『死王蟻型』を一瞬で蒸発させた、伝説の超魔導兵器の跡地からお届けしていまーす! リスナーのみんな、スパチャじゃなくて、復興資金の寄付、よろしくねぇッ! キュララとの約束だよ!」
キュララがウインクを飛ばすと、空中に浮かぶ魔導モニターには、全世界のリスナーからのコメントと、莫大な額の寄付が滝のように流れ始めた。
『ポポロ村、マジで化物かよ……!』
『あの閃光、やっぱり本物だったんだ!』
『天使ちゃん可愛い! 10万ゴルド寄付する!』
(な……っ!? じゅ、10万ゴルドだと!?)
屋根裏のスパイたちは、そのコメントを見て、心臓が止まるかと思った。
(この天使……、ただ歌っているだけに見えて、全世界から瞬時に莫大な資金を集めている! なんという恐ろしい『資金調達能力』!)
(三大国の国家予算すら、この天使の一言で動かせるのではないか……!?)
スパイたちが『経済的敗北』を確信した、その時。
ブゥォォォォォンッ!!
一台の魔導カメラが、屋根裏の瓦の隙間、まさにシャドウたちが隠れている場所へと、吸い込まれるように接近してきた。
(接触……ッ!!?)
シャドウの全身に、死の悪寒が走る。
カメラのレンズが、不気味に赤く光る。
その瞬間、シャドウ、ガロ、メフィストの三人の姿が、全世界に配信されている魔導モニターの端に、バッチリと、しかしシュールに映し出された。
『あれ? 屋根裏に誰かいる?』
『なんか、すごい形相で抱き合ってる男たちが映ったぞwww』
『変なコスプレ? 流行りかな?』
リスナーたちのコメントが流れる。
(ば、馬鹿な……!! 完璧な隠密スキル『影潜り』が、あんな玩具のような球体に破られたというのか……!!)
シャドウが、絶望に顔を歪める。
(違う! あの男(優太)だ! あの男が、あえてカメラをここに差し向け、我々の潜入が完全にバレていることを、全世界に向けて『公表』したんだ!)
メフィストが、ガタガタと震えながら真実(勘違い)に気づく。
(我々は、弄ばれている……! あの男の算盤の上で、全世界のリスナーたちの『見世物』にされているんだァァッ!!)
ガロが、戦士としてのプライドを粉砕され、涙を流して咆哮(念話)する。
ただ偶然、最新型ドローンの自動追尾機能が、屋根裏の動体を捉えただけである。
ただリスナーたちが、奇妙な映り込みを楽しんでいるだけである。
だが、大国のエリートスパイたちにとって、それは国家の威信をかけた潜入任務が、全世界に向けて『デジタル処刑』された瞬間だった。
「……うるさいな。兵站の邪魔だ」
広場の端で、溝掃除の泥を拭っていた優太が、キュララの配信活動を見咎めて眉をひそめた。
「まあまあ、ドクター。これも広報活動や。村の知名度が上がれば、特産品も売れるし、善行ポイントも稼げる」
ニャングルが、算盤を弾きながらニヤリと笑う。
「……チッ。勝手にしろ。ただし、医療テントには近づけるな」
優太は舌打ちし、再び黙々と作業に戻った。
彼にとって、天使の配信は、村の知名度(抑止力)を上げ、善行ポイントを稼ぐための、効率的な『兵站(広報)』の一環に過ぎなかった。
――しかし。
この『天使の配信』は、ポポロ村の屋根裏に潜むスパイたちだけでなく、三大国の首脳陣をも、さらなる戦慄へと叩き落とすこととなる。
ルナミス帝国の情報統括局。
モニターに映し出された、自国の最強スパイ(シャドウ)が屋根裏で抱き合って震えている無惨な姿を見て、内務卿オルウェルは、手にしたティーカップを握りつぶした。
「……ポポロ村。貴様らは、我が帝国の誇りまでも、全世界の前で蹂躙するというのか……ッ!!」
ポポロ村の脅威は、今や物理・経済を超え、デジタル空間までもを完全に掌握しようとしていた。




