EP 4
黄金の暴走と、戦術的消費
「泥(猛毒スライム)」の恐怖から逃れ、村長宅の屋根裏へと息を殺して移動した三人のエリートスパイたち。
彼らが瓦の隙間から広場を監視し始めた、まさにその時だった。
カァァァァァァッ!!
突如、太陽が地上に落ちたかのような、暴力的なまでの黄金の輝きが広場を包み込んだ。
「ごきげんよう、皆様! 今月分の『お小遣い』を持ってきましたわ!」
ふわりと舞い降りた美しいエルフ――次期女王候補であるルナ・シンフォニアの足元には、ざっと見積もって『100キロ』を超える純金のインゴットが、無造作に山積みにされていた。
(なっ……!? じゅ、純金だと!?)
レオンハートのガロが、毛を逆立てて震える。
(あれほどの質量……小国の国家予算レベルだぞ! それを『お小遣い』だと!?)
アバロンのメフィストが、あまりのスケールに幻術を疑って目を擦る。
(まさか……この村は武力だけでなく、圧倒的な資金力で世界経済の『相場』を完全にコントロールする気か! 三大国の通貨価値を暴落させる、経済テロリズム……っ!)
ルナミスのシャドウが、戦慄に奥歯をガチガチと鳴らす。
スパイたちが『世界経済の崩壊』を幻視して絶望の底に沈んでいた、その真下で。
「……アホかぁぁぁぁっ!! なに考えとんねんこの天然耳長!!」
ポポロ村の広場では、ニャングルが涙目で算盤を弾きながら絶叫していた。
「前にも言うたやろ! こんなモン一気に市場に流したら、村の物価がハイパーインフレ起こして大根一本が金貨十枚になるわ! 村の経済が死ぬゥゥッ!」
「えっ? でも、ユウタさんが『兵站(物資)はいくらあってもいい』って……」
「モノとカネの違いを勉強してから出直してこい!! リバロンはん、急いで!!」
ニャングルの怒号に応え、リバロンがティーカップを持ったまま音もなく現れる。
「『ティータイム・ステップ』」
残像すら見えない神速の体術。
リバロンは紅茶を一滴もこぼさず、100キロの純金をわずか3秒で『魔法の袋』へと放り込み、証拠隠滅を完了した。
(ば、馬鹿な……!? 100キロの純金が一瞬で消えた!?)
屋根裏のスパイたちが、再びパニックに陥る。
(空間収納魔法……しかも無詠唱! あの執事、ただの雑用係ではない。伝説の『時空間の魔術師』クラスの実力者だ! そしてあの猫の獣人は、瞬時にインフレ率を計算し、経済を掌握する天才算術師……!)
(この村の住人は、全員が化物か!)
スパイたちのSAN値(精神力)がゴリゴリと削られていく中、騒ぎを聞きつけた優太がスコップを持ったままやってきた。
「またやったのか、ルナ」
「あ、ユウタさん! お小遣い、お役に立てて――」
「インフレ爆弾の持ち込みはテロ行為だ。……リバロン、地下金庫にぶち込んでおけ」
優太が冷たく指示を出すと、リバロンは優雅にお辞儀をしながらも、小さくため息をついた。
「それが……ドクター優太。先日の役人から没収した裏金や、これまでのルナ様の『お小遣い』で、村長宅の地下金庫はすでに容量オーバー(満杯)なのです」
「……チッ。兵站の保管庫が足りないか」
優太は舌打ちし、空中の電子ボードを起動した。
現在の善行ポイントは、ドブ浚いの地道な努力により『15p』まで回復している。
(手作業で地下室を拡張していては、日が暮れる。……ここは、確実な投資(ポイント消費)だ)
「少し下がってろ」
優太が指先で虚空をタップする。
『検索:小型油圧ショベル(ミニバックホー・ディーゼルエンジン駆動)』
『消費ポイント:12p。確定しますか?』
(確定だ)
ズゴォォォォォォンッ!!
広場に、地球の工事現場でお馴染みの『黄色い重機』が顕現した。
無骨な鋼鉄のクローラー(キャタピラ)と、鋭い爪を持った巨大なアーム。
ブルォォォォォォォォンッ!!
優太が運転席に乗り込みキーを回すと、黒煙と共に、腹の底に響くようなディーゼルエンジンの爆音が村中に轟いた。
「おおおおっ!! なんだあの黄色い鉄の竜は!」
イグニスが大興奮で駆け寄り、村人たちも「またユウタ様の不思議な魔導具だ!」と歓声を上げる。
優太は慣れた手付きでレバーを操作し、村長宅の裏庭の土を、ザクッ、ザクッ、と恐るべき速度で掘り返し始めた。
ただの「地下室の拡張工事」である。
だが、その光景を屋根裏から見ていたスパイたちの目には、全く別の地獄として映っていた。
(ひ、ひぃぃぃっ……!)
(見たか!? 虚空から、巨大な『黄色の鋼鉄ゴーレム』を召喚しやがった!)
(しかも、搭乗型だ! 凄まじい咆哮(エンジン音)を上げながら、大地を紙のように削り取っている……! あれが数十体も量産されて各国に放たれれば、城壁など一瞬で崩壊するぞ!)
(恐ろしい……! 経済テロの裏で、あのような『戦略級の攻城兵器』を隠し持っていたとは……!)
ただの工事現場の親方と化した優太を前に、三大国最強のスパイたちは、あまりの恐怖に抱き合ってガタガタと震えることしかできなかった。
「……よし。この深さなら、純金2トンは入るな」
重機のキャビンから顔を出した優太が、満足げに頷く。
彼の完璧な「兵站管理(インフラ整備)」は、知らず知らずのうちに、大国スパイたちの精神を確実に崩壊へと導いていた。




