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EP 3

スパイの見た地獄(ただの日常)

ポポロ村の広場を一望できる、鬱蒼と茂る大木の枝の上。

光学迷彩の魔道具と、気配を完全に殺す隠密スキルを全開にした三人のエリートスパイ――シャドウ、ガロ、メフィストは、息を呑んで「魔境の中心」を見下ろしていた。

(……静かすぎる)

ルナミスの暗殺者、シャドウが冷や汗を拭う。

(先日の超兵器の爆発跡は残っているが、厳重な警備も、魔導兵器の配備も見当たらない。……罠か?)

(気をつけろ。この無防備さこそが、我々を誘い込むための『蜘蛛の巣』だ)

レオンハートの獣人、ガロが鋭い嗅覚を研ぎ澄ませながら、念話で二人に警告する。

彼らの極限の緊張状態の中、広場の中心に、一人の少女が現れた。

青い髪をなびかせた、人魚族の少女。

彼女は「みかん箱」と呼ばれる古びた木箱を地面に置くと、その上に恭しく立ち、両手で『黄金に輝く円盤』を天高く掲げた。

「おおおぉぉ……! ユウタさんがくれた、輝く御縁(五円)! 今日も一日、私を飢えから守りたまえぇぇっ!」

リーザの日課である「五円チョコへの祈り」だった。

泥だらけの服を着た彼女は、真剣な顔でチョコを拝み、そのまま木箱の上で謎のステップ(路上ライブの練習)を踏み始めた。

(……な、なんだあの儀式は!?)

アバロンの幻術使い、メフィストが目を見開く。

(見ろ、あの少女が掲げている黄金のメダル……規格外の魔力を内包しているようには見えないが、彼女はあれを狂信的に崇拝している。もしや、あれが『精神支配の触媒』か!?)

シャドウが震える声で念話を飛ばす。

(間違いない。対象を『飢餓状態』に置き、あの黄金のメダルを与えることで、自我を破壊し絶対の忠誠を誓わせているのだ! 洗脳された兵士……なんという非道な手段!)

ガロが、恐怖と義憤に顔を歪める。

ただ五円チョコを大切にしているだけの食いしん坊人魚が、スパイたちの脳内では「洗脳された哀れな狂戦士」へと見事な変換を遂げていた。

そこへ、もう一人の人物が広場に現れた。

「……おい、アホ人魚。朝からうるさいぞ」

「あっ! ユウタさん! おはようございますぅ!」

現れたのは、ボロボロのパーカーを着て、首にタオルを巻き、泥だらけの長靴を履いた青年――ポポロ村の指導者であり、恐怖の象徴、ナカムラ・ユウタだった。

彼の手には、ドブ浚い用の使い込まれた『スコップ』が握られている。

(出たな……悪魔の元凶!)

スパイ三人の全身の毛が総毛立つ。

「水路の泥がまた詰まってたんだ。……お前、歌ってないで手伝え」

「えーっ! アイドルは泥仕事なんてしませんよ! 手が荒れちゃいますぅ!」

「五円チョコ没収するぞ」

「やります!! 徹底的にお掃除させていただきます!!」

優太がスコップを振り回し、リーザが慌てて水路の方へ走っていく。

ただの「田舎の朝のドブ浚い風景」である。

だが、大国のエリートスパイたちの『高度な分析』は止まらない。

(ば、馬鹿な……! あの男、自ら泥にまみれて土木作業だと!?)

シャドウが信じられないものを見るように目を見張る。

(いや、違う。よく見ろ。あの男が掘り返しているのはただの泥ではない……。あんなに黒く、粘り気のある泥が自然界に存在するはずがない!)

メフィストが、青ざめた顔で推理を披露する。

(……まさか、あの泥は『高圧縮された爆発性スライム』か!? 村の地下全体に巡らされた水路……いや、導火線だ! いざという時、あの男は村ごと敵軍を自爆(消滅)させる気なんだ!)

(なんという冷酷な戦術ロジック! 指導者自らが、国家を滅ぼすトラップのメンテナンスを行っているというのか……!)

ガロが、ガチガチと歯の根を鳴らす。

「……クソッ、このヘドロ、匂いがキツいな。マスク出しとくか」

優太が独り言を言いながら、空中の電子ボードを操作し、白い『不織布マスク』を取り出して顔を覆う。

(見ろ! 毒ガス用の防護マスクを装着したぞ! やはりあの泥は猛毒の生体兵器だ!)

(そしてあの虚空をタップする仕草……不可視の戦術端末ターミナルか! 恐ろしい、我々の技術より数世紀は進んでいる!)

ただ臭いから100均のマスクを付けただけの優太。

ただ五円チョコで釣られただけのリーザ。

彼らの一挙手一投足が、スパイたちのエリートすぎる頭脳によって、最悪の軍事機密へと勝手に翻訳(深読み)されていく。

(……一旦退こう。これ以上は危険すぎる。我々の手におえるレベルの軍事拠点ではない)

シャドウの提案に、二人は無言で深く頷いた。

彼らは極限の恐怖で冷や汗を滝のように流しながら、音もなく木から飛び降り、村の奥へとさらに慎重に身を潜めていった。

「……ん?」

ふと、優太がスコップの手を止めて、大木の方を振り返る。

「どうかしましたかぁ?」

「いや……なんか今、虫でもいたか?」

優太は首を傾げると、再び黙々とヘドロを掻き出し始めた。

大国が送り込んだ最強のスパイたちによる、命懸けの「アンジャッシュ(勘違い)潜入ミッション」は、こうして最高の滑り出しを見せたのだった。

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